2012/2/15 涅槃會 | 好雪録

2012/2/15 涅槃會

昨日に続く話題のようだが、2月15日は釈迦が亡くなられた涅槃會(ねはんえ)である。
もっとも、新暦に換算すれば今年は3月7日(水)が旧暦の2月15日に当たる。
能〈當麻〉前場の設定「如月中の五日」とはその日を指すのだ。

立春後1ヶ月あまりを経ても、その頃は春爛漫とはゆかず、まだまだ寒い日が多い。
だが陽光はすでに充分の春であり、何かしら「再生」を思わせるものがこの聖日にはある。

俳諧の季語に「涅槃西」があって、「涅槃會の時分に吹く西風」と説明されるが、往々にして「暖かなそよ風」とまで説き過ぎるのは誤りである。
春の暖風とは東風に決まっており、さらに暖かなのは南風。「西風」はそれに逆らうもので、いわば寒の戻りの冷たい風を言う。
これは、「涅槃」という言葉に春風駘蕩たる長閑さを感するがための誤解だろう。キリストが死んだのも春分の近辺だが、荒野の丘に若くして磔刑となった人と、長寿を保ち床上に身を横たえて息を引き取った人と、教祖の死のありようはその宗教の特質を象徴している。

ちなみに、ヨーロッパでは西風が春の風である。
イタリア・フィレンツェ、ウフッツィ美術館所蔵のボッティチェッリの名画「ヴィーナス誕生」で、左手の宙に浮かんで息を吹き掛けているのが西風の神・ゼピュロス。彼は春を告げる神なのだ。こんなところから、現代のわが国で「涅槃西=暖風」という誤解が補強されているのだとしたら面白い。

全国諸宗派の本山では、新暦に従って今朝、涅槃會の法要が執り行われた。
鎌倉・圓覺寺の管長、青松軒・横田南嶺老大師は畏敬すべき宗教家で、その枯淡誠実なお人柄はすばらしい。
本日の涅槃會に際し老大師の発した偈が早速に公表されたので、浅学ながら読み下しを試みた。

  四十九年、法雷を震(ふる)ひ、
  五千貝葉、積みて堆(たい)と爲(な)す。
  人天百萬の悲涙盡(つ)きて、
  一路涅槃、歸(かへ)りなんいざ。

禅僧の詩句は巧拙を問うものではないが、結句の響きの強さは尋常ではない。
なまなかでは吐露できないこの深い法味。銘記すべきものである。

2012年2月15日 | 記事URL

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