2012/3/10 「お定のモリタート」 | 好雪録

2012/3/10 「お定のモリタート」

松濤・観世能楽堂にほど近いところで開催された篠井英介「唄の会」に潜入。

プーランク「愛の小径 Les Chemins de l'Amor」、ピアフ「ミロールMilord」など、篠井のニンに合った小唄の類に交えてさりげなく披露された、珍曲「包丁お定のモリタート」。

当夜の、ひとつの圧巻である。

これはブレヒト原作、クルト・ヴァイル作曲の音楽劇〈三文オペラ〉"Die Dreigroschenoper"の劇中歌「メッキー・メッサーのモリタート」を借り、猟奇殺人の主人公・阿部定のモノローグに仕立てたもの。もともと1975年、劇団・黒テント〈阿部定の犬〉の劇中歌。作詞は佐藤信。

もの憂く甘い原曲"Die Moritat vom Mackie Messer"には既に死のモティーフが潜在している。それを情痴の小唄に転用した効果。
篠井が歌う「愛の小径」も「ミロール」も、露悪すら恐れぬ美輪明宏のような強さを避けたところに立っているのだが、一種、その受身の端正さが、したたかに我意を通し続けて現世を生き抜く独りの「をんな」の死生観につながり、静かな戦慄がある。

  どこかの街で 一人ほほえむ 幸せそうな 女を見たら
  それはあたし 名前は「あたし」 ひとりぼっちの ふたり連れ

一枚のスカーフのみを使って歌った篠井英介の「お定のモリタート」は、その極まるところと言えよう。

2012年3月10日 | 記事URL

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