2012/3/30 経済効率と藝術・教育 | 好雪録

2012/3/30 経済効率と藝術・教育

年度末とて、身辺のさまざまな分野で予算やら決算の話題が出る。

消費増税法案の閣議決定に反対し閣僚・政務官の辞任者続出との報道に先刻接したが、昨年来「未曾有の国難」と言い続けていながら、またもや身内の派閥闘争をしている場合ではなかろうとホトホト呆れる始末である。
こうした事態が山積して世上に政治不信を煽り、「誰でもいいから強い指導者を」というような衆愚状態を来たしかねないところが、実は最もオソロシイのである。

お金が掛かる。
計画や思惑通りには成果が得られない。

藝術と教育はこの2点において実によく似ている。
この2つに関わって生きている私にとって、大問題である。

藝術諸分野に対する公的補助金の削減は既定の路線で、独立行政法人日本芸術文化振興会に属するいわゆる国立劇場系では、集客率が厳しく問われている。
千駄ヶ谷の国立能楽堂はその中でも優良機関だが、これは1回公演600席ほどという能の公演規模に関わるので、観客人口が限定される国立劇場おきなわは当然厳しいし、古典保護の考えが稀薄な土地柄で長期興行を打つ大阪の国立文楽劇場も同様である。
こうしたことは劇場設立当初から分かっていた訳で、それを今さら「『売り上げが悪いから公演形態を再考せよ』と迫られても困る」というのが現場の本音ではないだろうか。

先日も、「文楽人形が3人遣いなのは無駄だから、1人遣いに変えたらどうか」というウソのような提言がなされたと聞いてビックリしたところ、「せめて2人遣いやったらあきまへんやろか?」とさらに珍妙な折衷案が飛び出したとのことで、こりゃよく出来たギャグなのでは??と思ったほどだったが、この種の暴論を吐く人に限って、文楽など見たこともない「有識者」なのは困りものである。

大学の講義は、私が学生の頃は半期12回程度だったように記憶しているし、休講の類も珍しくなかった。
それが今は、半期15回をキッカリこなすことが強要され、休講には必ず補講をもって代えなければならないようになっている。
これらすべて、文部科学省の「指導」なのである。
もっとも、文科省が独自に理念化した訳ではなく、この背後には国の教育方針を審議する中央教育審議会の意向があり、その構成員には現場の教育者も多く含まれているけれども、現第6期の会長が新日鐵会長であることからも分かるように、経済界の意向が多く反映されていることは否定できない。

何も、財界人に教育理念が欠如しているとのみは思わない。が、そちらの業界では何よりも経済効率=儲けること、が優先されるのは宿命で、「赤字を出しても良い仕事を!」などという考えは通用しない。
「赤字を出しても良い仕事を!」という心持ちが不可欠なのが藝術と教育である以上、双方にはどうしても矛盾する点が出てしまう訳である。

経済効率的に考えれば12回の講義を15回に増やせばそれだけ学生の学力が向上する、ということなのかもしれないが、教育とはそんな単純な作業ではない。
加えて、私も教務関連の学内委員会に出席してよくよく承知しているが、決まった大学暦の中で15回の講義日程を確保するのは実にタイトなことで、4月の開講時から7月一杯までを費やすことになる。
以前は、7月に入れば半分夏休みのようなものだったが、現在はそうではない。
従って、梅雨時まではなくても辛抱できる冷房装置が、7月後半まで講義が続く現在では不可欠のものになって、消費電力量が激増している(大学とは最も電力量を消費する機関のひとつなのです)。

「事業仕分け」とは公開処刑と同じ一種の民衆迎合イベントだと私は心得ている。
ここに潜んでいるのは、「素人がモノを言って何が悪い!」という感情だ。

いや、好いんですよ。素人がモノを言っても。
だが、言う以上はそれ相応の勉強をしなければなりません。

キチンと勉強すれば、「文楽人形が3人遣いなのは無駄だから、1人遣いに変えたらどうか」などとは、恥ずかしくて恐ろしくて、決して口にできなくなるはずなのである。

戦後民主主義の中で、絶対の聖域とされてきた「多数決」は、実はその点、大きな落とし穴でもある。
たとえば、学習能力を欠き感情だけで動く人々の間では、専門分野を踏まえた良識は通用しないことがある。
火事の際、右に行けば安全だということを説明できる人よりも、「何となく左に行きたい」と思う人の数が多かったら、全員が左に行くことになって結句みな煙に巻かれてしまうようなものだ。

藝術と教育は、格別にデリケートな問題から成り立つ分野である。
経済効率を優先して考える「素人」が、フィーリングのみを信じてこれに関わると、大げさに言えば「文化国家百年の計を過つ」ことになりかねまい。

2012年3月30日 | 記事URL

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