2012/3/11 草笛光子の弔鐘 | 好雪録

2012/3/11 草笛光子の弔鐘

本日、志木市民会館で千穐楽を迎えた〈6週間のダンスレッスン〉は、東北圏を中心にした巡業の最後を飾るもので、大都市近郊では唯一の上演。
震災1ヶ年の祈念日に合わせたところに、深い意味があろう。

この翻訳劇を演じて多くの受賞に輝いた草笛光子の、文字どおりのライフ・ワークを、私は初めて見ることができた。

実に深い、強い感動で、言葉もない。

これが興行中であったら、是非みなさんに一見をオススメするところである。
台本も良いが、草笛の姿と声、実に光りを発するようだった。

厳格なバプテスト派の牧師を夫に持った妻が草笛光子。
夫は6年前に先立ち、一人娘は20歳の時に中絶手術に伴う合併症で死去。
最終場を前に、自らもリンパ腫に侵されていることがわかる。

草笛が訪問ダンスレッスンを依頼するインストラクターは太川陽介。
ブロードウェイでコーラスボーイをしていた彼はゲイであり、生活を共にしていた「恋人」は既に死去。老母の介護のためニューヨークを去り、その死去後はフロリダに転居して現在の生業を得ている。そして、どうも彼はHIV患者のようだ。

登場人物はこの2人だけ。
ウィットに富んだ会話。豊富なダンスシーン。7回も着換えられる洒落た衣裳。
こうした舞台効果と同時に、はじめは価値観を異にしていた双方が徐々に本音でぶつかり合うことによって、お互い傷つけ合いもするが、またそれによってそれぞれの「仮面」を脱ぐことが可能となり、無二の紐帯が生まれる。
その二人のあいだに潜む、それぞれの「死」の予感。
芝居の最後、夕映えの室内で相抱きダンスに身を任せる二人に、深い深い無常のすがたがあって、私は泣けてならなかった。

こう、粗筋を記すと「お涙ちょうだい」の芝居のように思われかねないが、そうではない。

今年数え年80歳の草笛が演ずる72歳のリリー・ハリソンは、過去の人生を正面から見つめ直し、自分が傷ついたと同じように他者をも傷つけてしまう不器用な女性であり、教師という職に就いていたことからもどこか大局的に物を見ることのできる度量も具えていて、内向的だが深い愛情を持ち合わせた、弱くて強い人間。
こうした類型的ではない、含蓄のある人物像を、スターのみの持つ華を添えながらしっかりと血肉化した草笛の巧さと存在感。
震災で亡くなった幾多の人々の、満たされなかった生への思いを、生きるわれわれが思い返すには恰好の出し物だった。

地震発生の午後2時46分。
ちょうど2幕目の最中、あたかも「死」についての問答がなされる件で、教会の鐘が鳴った。
私はこれを絶妙の効果音と聞いていたのだが、終演後に知人と話していたら、「あれは舞台からではない、外から聞こえた本物の鐘の音だ」、と。

なるほど、志木市民会館パルシティの筋向いには日本基督教団志木教会がある。
その鐘楼で打ち鳴らす弔鐘なのだった。

本日の畢生の名演は、草笛自身の深い哀悼の念に裏打ちされていたに相違ない。
私は深い暗合を感じざるを得なかった。

草笛光子の弔鐘。
恐らく生涯忘れられない、感動的な出来事だった。

2012年3月11日 | 記事URL

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