2012/4/20 牡丹の花銘 | 好雪録

2012/4/20 牡丹の花銘

この春は肌寒い日が続き、牡丹の莟が膨らむのも遅い。
いま開花を楽しみにしている牡丹に、白地に薄桃色を刷いた大輪の「天衣」がある。

品種名は「テンイ」と読ませているようだが、言葉としては「テンエ」、さらに連声で「テンネ」と称するのが古風であり、『日葡辞書』にもTenyeとある。

園藝には新種創出という一ジャンルがある。バラやランはその最たるものだろう。
ボタンはもともと培養困難の稀少品だったが、草本のシャクヤクを台として木本のボタンを接ぐ特殊技術が普及。特に戦後は広く行き渡るようになった。
〈石橋〉の能はボタン大衆化のはるか以前。宝石と等しく貴重なる大木が花盛りの舞台、と見るべきなのである。

新種を創出しても適切な花銘が付かないと価値は半減する。「瑠璃盤」「崑崙獅子」「白王獅子」など格の高い名は、みな江戸時代以来残された古銘である。
これらに対し、近代以降創出された新種名には薄っぺらなものが多い。
その中で際立つのは、昭和3年(1928年)昭和天皇即位大礼に際し、大阪の下村小兵衛によって奉祝創出された25品種で、すべて京都御所の宮門名を戴いた着想が優れている。
このうちひときわ優れた名花は濃臙脂色の俗称・黒牡丹「皇嘉門」。花弁に僅かに白筋が入ることがあり、葉色や樹勢にも格調が具わって、名に相応した美事な逸品である。

ただし、門名牡丹の中にも疑問は残る。

綾綺門」という黒牡丹がある。内侍所(賢所)の置かれた温明殿に繋がる「綾綺殿」は殿舎であって門ではない。また紫紅色の「豊楽門」はいわゆる豊楽院十九門のうち南門の名を採ったものだが、これは「ぶらくもん」と読むべきところ、園藝種では「ほうらくもん」と誤読されている。

園藝が「藝」であり、文学等、他藝術と密接な関係を有していた時代には花銘にも文学性・歴史性を正確に盛り込んだものが生まれていたが、園藝がそれ自体自立あるいは孤立してしまうと、花銘の着想も貧困になる道理であろう。

そう言えば、相撲取りの四股名も、部屋ごとに通字を仕組むあまり、藝者屋の分け看板のような名ばかり増えているようだ。
最近たびたび問題となる新生児への珍名命名と同じく、文字の意味性を深く考えず字面や音感のイメージばかりを追うと、暴走族の落書きと似てくるのは妙なことである。

園藝関係者には夜露死苦ご一考の程を願いたい。

2012年4月20日 | 記事URL

このページの先頭へ

©Murakami Tatau All Rights Reserved.