2012/4/8 ソメイヨシノ | 好雪録

2012/4/8 ソメイヨシノ

今日は釋尊お生まれの花祭でおめでたい。
近所のお寺に花御堂が立つ。午後、散歩がてら出かけて灌仏を祝った。

風はまだちょっと冷たいが麗らかなお日和。散歩のついでに、といった老夫婦も多い。

近所は古い住宅地なので、昔から桜の大木が多かった。
もっとも、桜とはいえご多聞に漏れずソメイヨシノである。

周知のとおりソメイヨシノは「クローン桜」であって、自然状態の実生では繁殖しない。
すべてが接木栽培であり、それゆえに、咲く時期も散る時期もみな一緒なのである。
この季節、鎌倉あたりで眺めると分かるが、個体差のあるヤマザクラは花色も花期もさまざまだから、一木そのものは開花から10日間ほどで散るにしても、山全体を見れば点在するあちこちのサクラには個々の別があって、総体1ヶ月ほどにも亙って咲き続ける。
ソメイヨシノではこうはゆかない。

接木のせいもあってか、ソメイヨシノは成長が速く寿命は短いとされる。
私が幼いころ既に大木だった桜で、現在は枯死あるいは見る影もなく衰えてしまった木は枚挙に遑がない。

大橋から中目黒にかけて、目黒川沿いの桜並木は近年人気の名所。今夜あたりは大変な雑踏であろう。巨大な溝のような殺風景な川面を覆い尽くす茂り具合は確かに美事だが、私はこの桜の過去について鮮明な記憶がある。

というのも、祖父母の家がこの川近くにあったので、小学生の頃は一時期ほとんど毎週訪れて、忘れようもないのだけれど、昔も桜はあるにはあったが、遠くから花見客がわざわざ来るようなご立派な並木などではなかった。
その桜も、昭和50年代はじめに河川改修の都合で一度すべて撤去。再度植えられた時に以前より密植され、この若木が順調に勢いを加え樹冠を広げたのが現在のそれである。
わずか40年間の栄枯盛衰。ソメイヨシノの生育がいかに特殊かということの証左である。

晴れた日の光に輝くさまは、クーロン桜でも充分に美しい。
全国均一。無個性の権化。春始業の学制と不可分の政治性。さまざまなメタファーが潜むこの分かりやすい美しさは、文字どおり大衆的人気を博して今日に至った。
義務教育で学んだ人すべて、つまり、ほとんどの日本人一人ひとりの「さくら」に寄せる記憶は、ほぼ100パーセントに近く「ソメイヨシノ」に関わる記憶であろう。

入学式を済ませ、授業が始まった頃。
おともだちが持ってきた針と糸とを分けてもらって、校庭に散った桜の花びらを刺し貫いて花綵を作るのに熱中し、始業の鐘が鳴るのをつい聴きそびれてしまった。

私が小学校ではじめて先生に叱られた記憶も、よく晴れた日のソメイヨシノである。

2012年4月 8日 | 記事URL

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