2012/4/9 復曲〈阿古屋松〉初演 | 好雪録

2012/4/9 復曲〈阿古屋松〉初演

京都に行って片山幽雪の主演による〈阿古屋松〉公開稽古能を見てきた。
今月末の東京・国立能楽堂での観世清和に先立つ、世阿弥以来の「初演」である。

試演の稽古能であるから正面切った論評は避けよう。
心ある方は6月17日(日)京都観世会復曲試演の会での正式上演をご覧頂きたい。

が、やはり一言は漏らすならば、前場はともあれ、間狂言から後場にかけては「???」の連続だった。終演後の記者会見の情報によれば、今回の演出・型付・節付・間狂言作成、すべて味方健氏のプランが根柢となったようだ。

この能は脇能として解するか、四番目物として受け取るかで、大きく解釈が異なる(後場で舞の前後が構造的に〈西行櫻〉と酷似している点からも、私は四番目物と理解している)。
今回は後シテが真之序を舞ったとおり基本的に脇能として定位されていたにも関わらず、全体の能づくりは必ずしもそれに留まらず、ことに後場には演出面で過剰な尾鰭が付いている。
最も違和感があったのは、前掲の記事掲載写真でも分かるとおり、後シテに翁面(彩色が剥落して黒く見える白式尉)を用いたこと。
確かに本文には「頭は白く面は黒き」とあるが、それは前シテ・尉の描写で、後シテ・塩竈明神の扮装には影響を及ぼさない。翁面の使用について、記者会見で片山九郎右衛門氏は「とつくにの神らしさを表現する意図」と言っていたが、それならば〈高砂〉の住吉明神も〈弓八幡〉の高良神も、やはり「とつくにの神」のイメージを背負っているのであって、これは能の神々によく見る一種の共通性格と解するべきだろう。決して〈阿古屋松〉後シテ・塩竈明神のみが突出して「とつくにの神めいた特殊性」を誇っている訳ではない。
しかも、これは九郎右衛門氏も言っていたが、翁面はどう巧みに遣っても、表情がまったく変化しないのである。やはりこれは、演技用ではなく祭事用の特殊な面であり、能に用いるべきではないように思う。

要は、観世宗家に先立つ史上初の復曲初演ということに気負ったあまり、この能を特殊なものと捉え過ぎて関係者の思い入れ先行となっている点に、私の疑問のすべてが胚胎するように思われた。

そのほか、感想や意見は多々多岐に亙る。とりあえず本日はこんなところで。

2012年4月 9日 | 記事URL

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