2012/7/22 名古屋能楽堂の手打ちきしめん | 好雪録

2012/7/22 名古屋能楽堂の手打ちきしめん

東京も名古屋も、相変わらず秋のように涼しい一日。
批評をとりあえず半分、さきほど上網したように、今日は名古屋能楽堂で稀曲〈藍染川〉を見てきた。なかなか力の入った成果だったのは嬉しい。

実は、行きの新幹線で実に腹の立つ隣客に遭遇、ヾ(*`ω´*)ノ プンスカ!!!という感じで名古屋入りしたのだけれど、能楽堂の食堂に入ったらオジサンがきしめんを打っている。つまり、謳い文句ではなく文字どおりの「手打ち」なので、食べるとさすがにコシがあって、おいしい麺である(もっとも出汁はいま一つか)。
1杯600円であまり廉くもないけれど、まあ、損はない。

何やら黄色いものが載っているのをよく見ると、シャチホコを象った薄切りカマボコなのであって、それとも気付かなければヘンな形のギサギサですっかり判じ物だが、ゴマのような黒い目にルージュを引いたような口元が色っぽい。
この蒲鉾の鯱、カマシャチ嬢に免じて、車中の不愉快は忘れることにした。

ちなみに、「仏の顔も3度」というが、つまり「4度目はない」というオソロシイ意味なのだ。

これは『増一阿含経』巻第二十六の「等見品第三十四」にある名高い説話が原拠。
ここで釈尊は、故国・迦毘羅衛国の釈迦族を殲滅せんと来襲した隣国・舎衛城の流離王を3度まで止めて4度目は止めず、「釈種は今日宿縁すでに熟して今まさに報いを受くべし」となすがままに任せた。ついに流離王は積怨を報じ、釈迦族の多くは象に踏み殺されて、500人の囚われ女は流離王の情を拒んで惨殺された。

この経の最後に近く、流離王に掃討され焼尽滅亡した迦毘羅衛の城中を望見した釈尊の発した偈「一切行無常。生者必有死。不生則不死。此滅為最楽」は限りなく虚しい。これは能〈三井寺〉に謡われ〈娘道成寺〉に引用された『涅槃経』の偈、雪山童子が身命を捧げて羅刹に教えられた「諸行無常。是生滅法。生滅滅已。寂滅為楽」と同じ心を説いている。
釈迦族は過去の因縁によって全滅し、流離王も戦勝後7日にして水難に殉じ無間阿鼻の地獄に堕ちる。陰惨な法話である。

ヤレヤレ。
いたずらに不快な感情に惑わされるものではありません。

2012年7月22日 | 記事URL

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