2012/7/27 ミュージカル〈ルドルフ~ザ・ラスト・キス〉 | 好雪録

2012/7/27 ミュージカル〈ルドルフ~ザ・ラスト・キス〉

今日も暑い中、帝国劇場で上演中のミュージカル〈ルドルフ~ザ・ラスト・キス〉を観劇。
初見の演目だが、フランク・ワイルドホーン作曲の音楽も良く、出演者のレベルも高く、なかなかの出来栄えで満足。

フランツ・ヨーゼフ1世の嗣子、オーストリア・ハンガリー帝国皇太子ルドルフ・フランツ・カール・ヨーゼフ(1858~89年)をタイトル・ロールとし、謎に包まれたその「心中」事件を題材としたこのミュージカルは、わが国で異常な人気を博す〈エリザベート〉の「外伝物」であって、〈エリザベート〉の存在なくしては考えられない出し物ともいえよう。
※ちなみに私には〈エリザベート〉がそう優れたミュージカル作品だとは思われない。ひとつには、「初演以来のシングル・キャスト」を謳い文句にする高嶋政宏のルキーニの恣意的に崩れた演技が嫌で嫌でタマラナイせいもある。その出自から東宝専属として最優遇されている高嶋ルキーニも今年限り、次回は新規オーディション配役の由だから、それを見れば評価も違うだろうか。

この5月、ヴィーン探訪の折に、市内の家具博物館を初めて訪れ、ルドルフが「自殺」したマイアリンク別荘の寝台や、クローゼット奥に作られた隠し扉(来観者も潜り抜けられる)を誰もいない館内で間近に見、実に生々しい感慨があった。このミュージカルはヴィーン制作にもかかわらず、2006年の初演はルドルフの母・エリーザベト皇后が肩入れした二重帝国の帝都・ブダペストでハンガリー語訳によって行われたというから、帝政時代への懐古かつ懐疑が複雑に残る彼の地の人びとにとっては特別な物語に映るに相違ない。ルドルフの父フランツ・ヨーゼフ1世は、明治天皇より1年前に戴冠、4年後に崩御した。今月、没後100年を迎える明治天皇やそれに続く大正天皇、昭和天皇を扱うミュージカルなど、日本ではまず作られまい。

主役のルドルフは井上芳雄。
男性ミュージカル・スターの最先端に立つこの人、見た目ではこれまで柳家花緑と混同していたフシもなくはないのだが、今回のチラシは詐欺画像かと思われるほどステキに綺麗に写っている。さすがは藝大出身で歌の品の良さ、加えて真摯な熱情は彼ならではの清新な魅力だ。同じようなニンの俳優を考えても、浦井健治では重く、原田優一では甘く、やはりこの役となれば井上が最適、ということになろうか。

「心中」相手のマリー・ヴェッツェラを演じた和音美桜がすばらしい。歌が良いのは当然の資格として、実家の没落をものともせず「自由」に憧れる真摯な乙女の熱意で通したのは彼女のニンだろう。

ステファニー皇太子妃の吉沢梨絵、ラリッシュ伯爵夫人の一路真輝、フランツ・ヨーゼフ1世の村井國夫などみな最適役の中で、ターフェ首相の坂元健児のみ物足りない感がある。

声が良く伸び滑舌の良い坂元の素材はすばらしいのだ。ただ、「体操のお兄さん」たる彼のニンの問題として、熱演するとアンジョルラスになってしまうので、「さあ!みんな!」とABCカフェでアジる感じはあっても、腹の底知れない老獪な政治家のイメージは殆ど湧かない。第2幕冒頭「手の中の糸」はルドルフの夢に出る彼の脅威を歌う部分だが、ここでの坂元は非常な熱唱ではあってもまことに平板、悪夢を操る怪異な人物と思われない。
前回、宮本亜門の演出時は岡幸二郎だったという。最適の好演だったはずだ。

やはり、今回の最大の見ものはスタイリッシュなデヴィッド・ルヴォーの演出である。背景にはフランツ・ヨーゼフ1世によって造られたリンク(環状道路)を中心に建ち並ぶヴィーンの名建築を遠見に見せ(ただしオペラ座の隣に市庁舎があったりで配置は自由)、廻り舞台を効果的に用い、最小限の装置も美しく凝っていて(大小の柱の装飾が丁寧)、ルドルフとマリーの内的な世界を印象的に視覚化していた。最後、死に行く2人を祝福するかのように寝台を囲んで本火を灯した蝋燭があまた輝き、黒の喪装の男女が燭台を取り上げ、持ち去ったあと、ルドルフとマリーとで最後の炎を吹き消し、寝台に消えて銃声2発、虚しい屍骸を見せて幕、など実に心憎い処理である。

作品としては、甘美な情死の物語にとどめず、新旧の思想対立に父子の相克を取り合わせた〈ドン・カルロス〉のような内実を持つものだけれど、ミュージカルの宿命か、ルドルフの屈折した心理と思想を描くには多少舌足らずだ。やたら煙草を吸い、ポケットにウィスキーの水筒を放さず、売春宿に通うものの、「王子系」に落ち着いた井上には荒淫にすさんだ体感や思索の深さはないので、劇主題が「夢」とか「愛」とか、猿之助のスーパー歌舞伎のように単純脳天気なものとして映りがちなのは、優秀なルヴォーの演出とは別に、演劇的観点から見るといささか残念な気もした。

このように、半分は作品に、半分は出演者に、それぞれ由来する「弱さ」は否めないものの、一般のミュージカル作品としては入念に作り込んであって一見の価値はある。暑中のためか売れ行き良好と言えないのは気の毒だったが、巡演中の〈ミス・サイゴン〉は名古屋も青山もほぽ完売なので、作品の知名度にもよるのだろうか。

2012年7月27日 | 記事URL

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