2012/8/18 老舗閉店 | 好雪録

2012/8/18 老舗閉店

さきほど不忍池の辨才天に参詣し、進物を送ろうと萬世橋に回って驚いた。
老舗・萬惣が3月24日をもって閉店していた。

萬惣創業の弘化3年(1846年)の2年後、現在地と目と鼻の先で十五代寶生大夫将監友于による「弘化の勧進能」が興行された。ほど近い「やっちゃ場」で仕入れた萬惣の水菓子の数々がその桟敷にも運び込まれたであろうさまを思うにつけ、ご時世と言い経済の変動と言い、「神田の萬惣が暖簾を下ろした」という事実は大きく響き、残念で仕方がない。

いくらホットケーキが名物であろうが、産地直送で優秀な品が手に入る昨今、果物だけの販売では支えきれなかったことは想像に余りある。銀座の千疋屋だって似たようなものだ。

そういえば、萬惣に行こうと地下鉄に乗るため広小路を歩いていたら、「初祖」岡埜榮泉もまた先月限り閉業していた。
分け看板か名義貸しか、この「岡埜榮泉」を名のる和菓子屋は都内にたくさんある。
それらの系統はちょっとたどれないほど複雑を極めている中、「初祖」と称するここが安政年間(1854~1859年)の創業を誇り最も古かった。

拙宅は比較的古い住宅地にあるので、昔は駅前から商店街にかけて水菓子屋と和菓子屋が3軒も4軒もあり、お使いものはここ、普段づかいはここと、格式に応じて使い分けていたものである。「水かん」とシャレた屋号の水菓子屋など、電話一本で葡萄の一、二房、柿の幾つかまで鷹揚に配達もしてくれたものだ。
それらがもう、ほとんど廃業して残っていない。
その中で、「岡埜榮泉」の流れを汲む一店だけはかろうじて商売を続けているので、折々は道明寺やら黄味しぐれやらを買い、仏壇に供えたり茶うけに食べたりするものの、それも、さて、いつまで続くものだろうか。

室町の山本で海苔を誂え、八重洲口から電車に乗ろうとして、途中「長門」、正しくは「柳營御用・松岡長門大掾藤原信吉」方に立ち寄り、名物の水羊羹を一本買い求めた。
これは信じられないほど淡麗で柔らかな、知る人ぞ知る逸品である。
「長門大掾」と厳めしい受領名を誇るけれど、現在は一間間口の小店。ただ、一応は自社ビルなので、こんな繁華の地で、由緒は正しくとも利はなはだ薄い和菓子商売も尊く続けて行けるのだ。
ビル建て替えの資金難で廃業したという萬惣のことを思わずにはいられなかった。

ということで、本日は何となくしんみりとしてしまいました。

2012年8月18日 | 記事URL

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