2013/8/15 歌舞伎の大入りとミュージカルの不入り | 好雪録

2013/8/15 歌舞伎の大入りとミュージカルの不入り

今日は久しぶりに在宅静養でした。

昨日、歌舞伎座に行った時、時間があったので地下の入場券売場を覗いたところ吃驚。
9月興行は昼夜とも完売の好景気である。

これは大変めでたいことであって、昔から「廓の挨拶は繁盛でも『どうにも、暇でして』。芝居小屋の挨拶は不入りでも『入りは、良うがすよ』」と言われるものだが、新装開場後半年を経て入場料も高止まりというのに(若手興行でも1等席は18,000円)、「歌舞伎座」が話題の中心になって新たな観客層を開拓しつつあるのだろう。

夜の部の新作〈陰陽師〉がいろいろな意味で注目されるのは予想していたが総体に言って夜公演は集客に苦心するものだし、昼の部は大作〈新うすゆき〉の通しで歌舞伎初心者の観客にはそうそうアピールしない出し物であるにも関わらず、昼夜共に札留ということは、多方面から分析してみる価値のあることかもしれない。

それを思うにつけ、考えてしまったのは、私は明日また見に行く帝国劇場のミュージカル〈二都物語〉の不入りである。

先日もこの項で寸評を試みたけれども、本邦初演にふさわしい豪華なキャストだし、物語は著名な原作で既知の大河ロマンでもあり、ミュージカルファンであれば一度は足を運んでもよい演目だと思う。
にも関わらず、売れ行きは芳しくない。

この差は、何だろうか?
やはり、歌舞伎ファンとミュージカルファンの層の厚さの違い、ということなのだろうか。

ある人と話していて聞かされたのは、「ミュージカルの客層は多く見積もって全国で2万人。その中で回してゆくのだから、公演ごとの集客も知れている」という説。
「2万人」という数字に何の根拠があるのか知りたいところだが、まあ、そんなものなのかもしれない。

劇場収容人数はどうだろう。
歌舞伎座で昼夜2回25日興行を打った時の総集客数は、1,808 ×2×25=90,400人。
帝国劇場の〈二都物語〉は今回55ステージだから、1,753×55=96,415人
6,000人の差をどう考えるか色々だろうが、ごく大雑把に言えばほぼ同数である。

今回の〈二都物語〉の主役は、井上芳雄と浦井健治。
十目の見るところ、若手「ミュージカル俳優」として最も知名度と人気を誇る2人だ。
この2人を支える男性俳優だけでも今井清隆、橋本さとし、福井貴一、宮川浩、岡幸二郎、東宝ミュージカルで主役・準主役を張り続ける藝達者が顔を揃えているのだから座組としては最高で、少なくとも今期新演出の〈レ・ミゼラブル〉よりよほど「贅沢」な配役だ。

帝劇の地下には「出待ち」の観客が多い。
8月6日の観劇の折、終演後楽屋に寄って楽屋口から出ると、ちょうど浦井の誕生日だったせいもあってか、まあ、沢山の人々々。
どこまで続く人垣か、というほど賑やかだった。
歌舞伎座でそんなことはまずない。
これほど「出待ち」の熱心なファンがいるというのに、なぜ「不入り」なのだろう?

いやいや、それは考証不足というものだ。
歌舞伎もそうだろうが、ミュージカルのファンはリピート率が高い。
ただ、一幕見席がなく当日券も1万円以上する帝劇の場合、リピーターにとって出費は相当痛い。
であるから、その数も限られようし、また、公演ごとに波がある。
つまり「先月はレミゼで使っちゃったから、二都はパスしよう......」、という具合だ。

もっとも、配役ということで言えば、〈レ・ミゼラブル〉公演中に稽古を重ねた〈二都物語〉は双方まったく重複していない。
だから、作品も出演者も、全く新たな興味で見られるはずではあるのだ。

となると、あとは俳優の知名度、かもしれない。
井上、浦井、2人ともに実力も華も充分な役者で私も大好きだが、正直、ミュージカルやストレートプレイに足を運ぶファンたちの間ではビッグネームではあっても、テレビ視聴者の間では、こう言っては何だが、ほとんど「無名」なのではないか。
ミュージカル自体、タモリの揶揄が知られるとおりで、一般の人たちにしてみればちょっと「浮いた」舞台ジャンルだろう。
同類の舞台興行の中で、良くも悪くも「高級感」を身にまとっている、とも言われる。
つまり、固定的なファンではない、たとえ何となく来場する団体客であっても「ふだん舞台を見ない一般の観客」にアピールする力が、ミュージカルだと弱いのではなかろうか。

歌舞伎だってちょっと前まではそうだった。
新宿コマや明治座の座長芝居より値段も高いし退屈だし、歌右衛門・幸四郎・勘三郎が顔を揃える〈新うすゆき〉といっても、そう皆が皆、見たがるものでもなかった。

9月興行で断トツの知名度は海老蔵だろう。テレビ出演の多い染五郎をはじめ、菊之助や松緑も比べてみれば認知度は劣るはずだ。
でも、海老蔵の人気、また夢枕獏への興味だけで「完売」になったようには、私には思われない。

それはやはり、新装開場以来の歌舞伎座の認知度であり、「歌舞伎座に行って歌舞伎を見てみよう」というたくさんの人たちの興味の集積なのだと思う。
そうした時機を計って、一方は新作、一方は古典中の古典大作、双方若手で実験公演を打つというのは、内容の成否は見てからとはいえ、やはり優れた企画力だと私は思う。

帝劇の〈二都物語〉だって、パフォーマンス自体は歌舞伎座の9月興行に決して負けない。
それなのに「不入り」。

これはやはり、「2万人」かどうかは知らないけれど、作品や出演者によらずミュージカルというジャンルを愛し、そう毎月掛かるとはいえない大劇場の興行は欠かさず見るような、気が長く息の長いファンをどう開拓できるか、が問われているのだと思う。
また、そうしたファン、それも個々の作品や役者のファンにとどまらず、ミュージカルという舞台ジャンル全般や帝劇でも日生でも固定的な「劇場」を愛するファンが、今よりもっと増えないことには、いつまで経っても〈エリザ〉だ〈レミゼ〉だ〈サイゴン〉だと、一定の集客が見込めそうな「当たり狂言」ばかりが繰り返される、悪い意味での「ミュージカルの古典藝能化」が生じかねない気がするのである。

では、その具体的な方策は何か?
愚案がいささかないこともない、のだけれど、それはまたいつか稿を改めることにしたい。
考えてみれば、私の生年に開場した日生劇場も、国立劇場と同年に新装オープンの帝国劇場も、建てられてからほぼ半世紀、
歌舞伎座の建て替えを契機に、色々な意味で転機が訪れる気がする。

2013年8月15日 | 記事URL

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