2013/8/23 フランスオペラの秋~グノー〈ロメオとジュリエット〉 | 好雪録

2013/8/23 フランスオペラの秋~グノー〈ロメオとジュリエット〉

この夏から秋は私の好きなフランスオペラの上演が引き続き、嬉しい限りである。

すでに先月から今月に懸けてミシェル・プラッソンの堅実な指揮で伝統的なシューダンス版による二期会〈ホフマン物語〉の上演を堪能したが、先日、大阪に行った折、なんばの駅でグノーの〈ロメオとジュリエット〉の上演ポスターを見てびっくり。

堺シティオペラによる上演とのこと。
ちょうどフェスティバルホール〈レ・ミゼラブル〉初日を見る翌日のことでもあり、本日、切符を確保した。
私はこの曲が大好きなのだ。

オペラを見はじめた1970年代後半、NHKのイタリアオペラはちょうど終わった頃だったが、外国のオペラハウスの引っ越し公演というのは数年に一度。あればそれは大変な大規模だった(だいたい、1980年のヴィーン国立歌劇場でも、1981年のスカラ座でも、来日公演の初日には、開幕に先立ち両国国歌の演奏がなされたものだ。私はカール・ベーム指揮、ヴィーン国立歌劇場管弦楽団の〈君が代〉を目の前で聴いたのを終生の得意にしている)
藤原歌劇団、二期会、当時まだ活動していた長門美保歌劇団(日比谷公会堂で聴いた長門女史が歌う北原白秋作詞・山田耕筰作曲〈曼珠沙華~ひがんばな〉。「GONSHAN、GONSHAN」のリフレインの凄みを今に忘れない)など在来団体のオペラ公演は、よほどの定番演目は格別、原則として邦訳上演だった。ことにフランス語は難しいためだろう、よく上演される〈カルメン〉はもちろんのこと、五十嵐喜芳がナディール、東敦子がレイラを歌った1980年3月本邦初演ビゼー作曲〈真珠採り〉でもやはり日本語上演だった。

私がグノーの〈ロメオとジュリエット〉をはじめて聴いたのは1997年3月新宿文化センター、東京オペラプロデュースによる原語上演。同団体の〈ロメオ〉は初演、再演に続く三演目ではなかったか。そのあとも重ねて聴いている。
2003年10月に藤原歌劇団がサバッティーニとボンファデッリ、当時まだ声の出ていた2人のスターを招聘して〈ロメオ〉を出した。貸し小屋だったが会場は新国立劇場。フランスオペラに冷淡な新国で、私の最も好きな部類に属するこのオペラが聴ける日が来ようとは思っていなかったから、両主役の出来に疑問はあったけれど、3回通って毎回まことに楽しんだ。

余談だが、日本人でこのオペラに最も早く親しんだのは永井荷風だろう。
1906年11月26日、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場のシーズン開幕公演。当夜ジュリエットを歌ってメトにデヴューしたのは、のちに同座最高の人気を誇った名花、ジェラルディン・ファーラー。荷風はこの日と翌年1月9日、2度も足を運んでいる(「西欧日記抄」)。彼の愛するフランス語の演目でもあり、お気に入りのオペラだったことに間違いあるまい。
◆ファーラーによる1911年録音盤→〈ロメオ〉第1幕のワルツ"Je veux vivre dans le rêve"(私は夢に生きたい)
 アジリタ(高音域装飾歌唱)の技法に難はあるが、艶麗な歌いぶりである。

荷風は帰国後大正10年=1921年10月9日にも有楽座で、来日した第2回ロシア歌劇団の公演による〈ロメオとジュリエット〉を見た(「斷腸亭日乘」同日条)。当時、〈ロメオ〉を実地にこれほど知っていた日本人は荷風以外にあるまい。

なお、大正7年=1918年7月にはグノー生誕100周年に合わせ浅草オペラ・日本館で、東京歌劇団・旭歌劇団・東京少女歌劇団の合同公演によって上演されている。〈ロメオ〉の本邦初演はこの時だったようだ。

私がグノーの〈ロメオ〉に親しんだきっかけは戦前フランスの名テノール、ジョルジュ・ティル(1897~1984年)がSP録音した第5幕の最後。これはまた貴重なことに「墓場の場」が最初から最後まで省略ナシに丸ごかし入っている。
◆ティルのロメオは今では耳にできない力量。フェラルディのジュリエットともども実にすばらしい。20分を越える
 長丁場が実際に聴ける→ティルによる「墓場の場」前半同じく後半

何とも間抜けなことに、私は「グノーのオペラはシェイクスピアと違って最後に2人は死なずハッピーエンドになる」とばかり思い込んでいた。ティルの録音もそのつもりで聴き親しんでいたわけだが、1997年に初めて舞台を見た時、あれよあれよという間に2人とも死んでしまい仰天したことを今に忘れない。

グノーといえば、来年の2月には、これも私の愛する佳曲〈ミレイユ〉が東京オペラフロデュースによって本邦初演される。
フランスオペラで言えば、来たる8月31日と9月1日、首都オペラによるトマ〈アムレ〉の上演がある。今回は私は都合が付かず残念だが、先年ヴィーンまで聴きに行った演目である。1997年6月パナソニック・グローブ座で見た東京オペラプロデュースによる原語上演は舞台上演としての本邦初演だったのではないか。

思えば、堺シティオペラにせよ首都オペラにせよ東京オペラプロデュースにせよ、関係者の大変な熱意と努力によって維持されている民間団体だ。
五十嵐喜芳が新国立劇場の音楽監督を勤めていた前後の藤原歌劇団は、サバッティーニの全盛期に合わせて両団体相乗りも含め、〈マノン〉〈ウェルテル〉〈ファウスト〉〈ロメオ〉などフランスオペラの代表作を見せてくれたものだが、最近の新国ではすっかり打ち絶えてしまった。毎年毎年、新制作も含めて〈カルメン〉だ〈魔笛〉だ〈愛の妙薬〉だと、聴き飽きた演目ばかり続くとまったくもってイヤになるのが私の本音。

その意味で、今年から来年にかけて、二期会と新国主催で〈ホフマン物語〉が2公演、堺の〈ロメオとジュリエット〉、東京オペラプロデュースの〈ミレイユ〉、都合4度、フランスオペラの佳曲が見られるのは私にとって大慶至極である。

マイアベーアの〈ユグノー教徒〉〈預言者〉〈悪魔のロベール〉〈アフリカの女〉〈ディノーラ〉が、アレヴィの〈ユダヤの女〉が、オベールの〈ポルティチの唖娘〉が、グノーの〈サッフォー〉が、トマの〈ミニョン〉が、マスネの〈タイース〉〈ル・シッド〉が、新国立劇場主催公演で上演される日が、果たして今後、やってくるものだろうか?

2013年8月23日 | 記事URL

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