2013/12/31 能・狂言~平成25年の名舞台 | 好雪録

2013/12/31 能・狂言~平成25年の名舞台

昨日記したとおり、今年1年間に接し得た能・狂言の公演数(番数に非ず)は100公演。
近年の就労事情や他の舞台鑑賞との兼ね合いで、これがまず最大限度ということになる。
毎年決まって足を運ぶ会も多いからなかなか新規開拓の余地がないのは心残りだが、
それでも、若手の有望株は自然と目につき、ベテランでも虚藝に傾けば心に留まる。

私はこれまで能・狂言を見ることに飽き疲れたおぼえは一度もない。
能楽堂に足を運ぶのは毎日だって構わない。
たとえシテが不出来でも、舞台が弛緩していても、そこにはどういう問題が潜んでいるか?
そうしたことがらを考えるのは常に刺激的であり、観客としてすべてを克明に見て取ろうと務める営為は舞台上の出来不出来とは別に必ず有意義である。

さて、以下、今年「これは」と感嘆した舞台を月日順に挙げてみよう。

 1) 塩津哲生〈望月〉 1/26(土)国立能楽堂特別公演
 2) 関根祥六〈盛久〉 2/17(日)桃々会/観世能楽堂
 3) 関根祥丸〈羽衣〉  〃
 4) 山本順之〈木賊〉 3/30(土)響の会特別公演/銕仙会能楽研修所
 5) 梅若玄祥〈卒都婆小町 一度之次第〉 9/23(月)TTR能プロジェクト/大槻能楽堂
 6) 観世清和〈檜垣 蘭拍子〉 10/18(金)観世会企画公演/観世能楽堂
 7) 片山幽雪〈檜垣〉 10/19(土)大槻能楽堂自主公演
 8) 梅若玄祥〈安宅 延年之舞・酌掛・貝立〉 11/5(火)至高の華/国立能楽堂
 9) 野村太一郎〈釣狐〉 11/24(日)萬狂言特別公演/国立能楽堂
 10) 山本東次郎〈釣狐〉 12/7(土)国立能楽堂特別公演
 11) 梅若万三郎〈當麻〉 12/19(木)梅若研能会/観世能楽堂
 12) 野村四郎〈檜垣〉 12/21(日)横浜能楽堂企画公演

今年は〈檜垣〉の秀演が多かったのが特徴的。
それらすべて観世流のシテであり、同流の藝力が盛んであることをも示すだろう。

5月29日(水)国立能楽堂特別公演〈関寺小町〉が惨憺たる失敗に終わった片山幽雪が、10月〈檜垣〉で起死回生の舞台を見せた快挙は忘れがたい。〈関寺〉の悪夢を乗り越えたその〈檜垣〉の美しさ。深さ。したたかさ。何よりも、強さ。
2005年、京都での〈関寺〉再演と並ぶ、片山幽雪生涯最高の舞台と評せよう。
今年見た能・狂言の最高成果を無理にでも選ぶとならば、私はこの〈檜垣〉を推す。

観世清和は11月16日(土)大槻能楽堂自主公演で勤めた〈姨捨〉も懇篤丁寧な傑作だったが、老女ノ舞を抜き蘭拍子だけに絞った今回の〈檜垣〉は男盛りの充実を反映してまことに美事な格調と存在感。梅若玄祥を地頭に据えた地謡の力量も大きく、筋の徹った演出の方向性も含め流儀の規範として揺るぎない〈檜垣〉である。

野村四郎の〈檜垣〉に濃厚な「女体」の感覚美はすばらしい。同時に、骨格のシッカリした、型として堅固な造形美は安易な印象評を寄せ付けない。絶所に身を投じて凄絶な幽雪の〈檜垣〉に比べ、良い意味で余裕があると同時に後場の突っ込みも充分。およそ行き届いた藝を存分に堪能させた舞台だった。

観世流の長老・関根祥六が劇能の大作〈盛久〉で気を吐いた。80歳を超えたら普通はまず勤め渋る演目だが、あえて自らの選曲とも聞く。周到な橋掛リの出から男舞を経て祝言の結末まで、背筋の徹った祥六の姿態に「老い」は兆さない。幽雪同様、ちょっとばかり震えようがグラつこうが、徹底してその藝は「強い」のだ。

塩津哲生は近年慢性的な不調で、2006年10月14日(土)塩津哲生の會〈石橋 三ツ臺〉や2008年3月28日(金)杉並夜能〈朝長〉で「これぞ喜多流」というお手本を堪能させてくれた数年前の精彩がない。だが、手を抜かず気を抜かず、結果に頓着なく舞台に全力全霊を賭する姿には求道的な気迫が籠もる。10月12日(土)国立能楽堂普及公演〈實盛〉も鬱積した熱気が噴き出す舞台だったが、〈望月〉では塩津の精神力が曲柄と相まって崇高なまでの「男性性・父性」のドラマを現前させた。
私は亡き友枝喜久夫が体力減退した後やっとのことで勤めおおせた〈望月〉を思い出す。身も心も擲って、すべてを「今」この一瞬に叩き付ける衝動。鍛えに鍛えた塩津の足腰の力は奪おうとしても奪えない伝家の宝刀と変じ、凄まじい切れ味を示した。

山本順之〈木賊〉は前半の不調(ことに謡)を克服し物着アト回復。厳格無比でありながら漂う詩情は忘れられない。観世寿夫の藝の精髄を蒸留したすばらしい造形美。混沌たる〈木賊〉の劇世界をそのまま放置しつつ外側から「語る」視線を張り巡らせて物語を枠取り、自己の肉体をすら相対化して見せた手腕は、真の意味での「離見」の持ち主でなければ発揮できない。3月20日(水)川崎能楽堂〈弱法師 盲目之舞〉、7月12日(金)銕仙会〈雨月〉(+併演の大槻文藏〈花筐〉)も良い。能役者の身体性を見て取り学ぼうという人は、現在の山本の舞台を克明に観察すれば最も得るところがあろう。

梅若玄祥は今秋までは不調。9月15日(日)~20日(金)全4回の祝賀日数能に圧倒的な成果を欠いた国立能楽堂開場30周年記念公演(4日目「狂言の会」以外は番組・出演者組に問題があろう)初日に舞った〈楊貴妃 干之掛・臺留〉が虚しく外面的な舞台だったが、その直後から生まれ変わったように瞠目すべき驚異の舞台が続いた。
大阪の〈卒都婆小町〉。東京の〈安宅〉。どちらも国立の〈楊貴妃〉のような「カラオケ藝」「雰囲気藝」ではない。息を詰め、身を責め、舞台上で一瞬たりとも楽な思いをしていないはずなのに、水面下の刻苦を決して表面には見せず、大きく静かな一番を調えるその努力と力量。たとえば〈安宅〉では男舞の三段目になると疲労のためか左足が浮き加減になる。そうして弱まればこそ、玄祥は逆にうんと左足を丁寧に使う。そのためかえってすばらしくその足が効いてくる逆説。〈卒都婆小町〉の卒塔婆問答の間、玄祥がどれほど身体の各所に細心の注意を払って床几の姿を保ち活かしているか。
「自然と何でもできる天才」ではなく「何に対しても確かな腕を持つ職人」として玄祥の舞台を見据えた時、この2番は甲乙つけがたい。「身体」というものを私に徹底して教えてくれる尊い舞台成果である。

「確かな職人」という意味ならば万三郎もしかり。歳末の〈當麻〉は美事さこの上もない。
見せよう、やってやろう、という部分はどこにもない。ただ定めの型をし、謡を紡ぐうち、この能に満ち満ちる広大な法悦境が広がる驚異。立ち居、動き、すべてに過不足なく、外面の「調身」が内面の「調心」と不即不離の深みを帯びている。謡でも姿でも玄祥ほど内へ向けた「引き」は強くないのだが、万三郎の自然体は決して弱いのではなく、どこまでも限りなく撓って決して折れはしないしたたかさを秘めている。
例会の納会とて世間的には目立たぬ舞台だったが、これまであまた見てきた万三郎の能の中での最高傑作だと私は思う。

狂言では何と言っても東次郎22年ぶりの〈釣狐〉の成功。
橋掛リの出のアユミに秋草の花野が浮かぶ、あれほど詩情ある前ジテがこれまでに見られただろうか?それでいて鋭角的な技術の切レは充分。前場カタリに横溢する陰惨な死の匂い。後ジテも予想を遥かに超えて身体が利き、すばらしい。最後は四つん這いでなく立ったまま入るのを隠すため横板で衣を被ぎ姿を消した態に取り繕ったがこれは不要で、前後のシテがここまで成就していれば堂々と2本足で駆け入って何らおかしくない。
役柄の内部に入り込むのではなく、技術と品位によって外部から役柄を描き尽くすのは大蔵流〈釣狐〉の劇的意図にも合致しよう。アド・山本則俊も本息で立ち向かって火を含むように凄まじく、先代仕込みの兄弟2人が手に汗握る藝の応酬だった。

最後に若手2つの突出した成果。
関根祥丸、野村太一郎。どちらもよく積んだことがハッキリわかる質の高い稽古の成果を全力で出し切って、なお余力と余情がある。
〈羽衣〉の、型と所作の美しさと全体の構成力、舞の愉悦。
〈釣狐〉の、最後まで枯れない口跡の良さと鮮やかな動き。
両人とも大した素質であり、舞台藝への傾倒ぶりである。このまま真っ当に修業を積めば、30年後には能楽界を背負う頼もしい役者に成長するに相違ない。
さらに、この2人の背後に浮かぶ、暖かくもきわめて厳格な師=祖父のまなざし。
〈釣狐〉のアドに出た野村萬は近年見たこともない秋霜烈日の至藝で孫と対峙した。
〈羽衣〉の彫琢美は関根祥六が飽くなき強稽古を経て愛孫に施したものに相違ない。
思えば、5世野村万之丞と関根祥人と、若くして斃れた父の余生を、残された彼らは背負っているのである。
だが、私にとって大切なのはそうした浪花節的に湿っぽい感慨ではない。
若く春秋に富んだ2人が、ただただ精一杯努めた以上の「何か」を、〈羽衣〉と〈釣狐〉で見せてくれた事実である。

以上、捨てがたく12も選んだが、すべてに共通して言えることは、たとえ内柔、外柔の差はあっても、どれもが本質的に「強い」舞台であるということ。
そして、カマエ、姿勢、面つかいの法を外さず、ハコビに気を抜かず、腰が確かでアゴが出ない、ということ。

「基本に忠実」というのは、やはり結果的にすべてに通ずるのである。
そして、その「基本」が、藝として、ドラマとしてどう再生されるか。
その事実と事情とをシッカリと見て取ることが、能・狂言に接する醍醐味であり面白さだとは言えないだろうか?

来年もまた、ごまかしのない「強い」舞台に多く出逢えることを心から期待したい。

2013年12月31日 | 記事URL

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