2015/2/7 完曲復興〈墨染櫻〉上演終了 | 好雪録

2015/2/7 完曲復興〈墨染櫻〉上演終了

一昨年から予定されていた大槻能楽堂研究公演における完型復曲〈墨染櫻〉演能が無事終了した。監修・演出者として、ご来観の方々はもちろん、出勤の能楽師ほか関係各位にまずは心より御礼申し上げたい。

2009年の喜多流・塩津哲生氏による初演版に則りつつも、今回は節付・型付とも新たに再構築し細部の仕上がりも変わったが、企画発案者のシテ・大槻文藏氏のニンに合い、6年越しの同氏の願望がまことに良いかたちで上演成果に繋がった。客観的に見ても美しい、内容充実した名舞台だったと思う。

金剛流で省かれる前場の出家場面に出される角盥を、前回は朱色緞子を張った小道具を新調。今回は竹で枠取った本体を紅緞、角と上縁は紅ボウジで巻いて造形した。作リ物として示した今次の工夫は能らしい感覚で好適だったと思う。もっとも、楽屋で見たらちょうどよく思われたものの実際に舞台に持ち出すと案外に小ぶりで、これはもう一回り少々大きくするべきだった。
もう一つの作リ物は塚だが、葺草に挿す桜は紅のささない純白を望んだものの、造花にも毎年の流行があるかして、今期はどうしても適当な品が手に入らず、薄桃色の小桜で辛抱した。とはいえ結果は良好。後シテは初演時に塩津氏がわざわざ誂えた、薄墨色の紗に金で枝垂桜文様を刺したすばらしい長絹を借用し、その時一緒に作成したが用いなかった桜色の露(=付け紐)を今回は取り合わせて使用したのだが、白大口に良く映えたばかりでなく、露の桜色と葺草の花の桜色が映発し、この桜の精が墨染の装束を着ていることで「一日の間に花の色変じ」たことが象徴される効果があって劇的だった。この後場の舞台面の美しさは、是非、みなさんに見て頂きたかったものである。

後場の亂拍子は左足から踏み始めて三段、四段目が中ノ段。初演では省いた、亂拍子に先立つ地謡・次第の「地トリ」を、今回は入れてもらった。前置きとしての雰囲気も加わり、やはりあったほうが良いように思う。
続く中ノ舞は、カカリをノリ良く短く舞い上げ、初段で位を静めてオロシのあと盤渉に転じ、二段目を取って角から常座辺へ、扇を右手に取り直しながら正中へ行くとさらに静まり大鼓・小鼓のコイ合イとなって、シテはワキに向かい下居合掌して舞い留めた。これは大槻氏の発案で、〈夕顔〉の小書「法味之傳」から採った趣向である。もっとも、前夜の申し合わせでは三クサリの間に笛がユリを吹いたが、当日は二クサリほどに縮めてもらいユリも省かれた。習事の援用でありまったくの新規作曲ではないから、ある種の「新作臭」は免れたかと思う。舞の位取りの推移や舞アトのシテ謡い出しの節など、今後さらに調整の必要もあろう。「露にもしほれ」で舞台正先で左袖をかづき扇で顔を覆う〈翁〉めいた印象的な型は今回も踏襲してもらい、ワキ留にした前回とは違って、今回は二ノ松でシテが下に居、枕扇して留めた。

花帽子を着け直す分だけ常よりもちょっと時間を稼がねばならない間狂言にワキの語リを入れる拙作台本は、微調整のうえ今回も襲用。謡は観世流らしく凝って、前場「(御弟子と)ならば」と「(尽きぬたぐひの言葉を)添ヘて」は私の希望で〈関寺小町〉の「(花薄穂に出だすべきにも)あらず」と同じ「隠し節」にしてもらった。さらに、地頭・片山九郎右衛門氏が細部にわたり考えてくれて、後場のクセ前サシの最後では〈鸚鵡小町〉のクリ前「(高位に交はるといふ)事」のような節扱いを工夫してくれたり、地謡もまことに聴きごたえがしたのではなかろうか。
出入りも含めて全曲ほぼ1時間50分。予想を超えて長くなったものの、上演を重ねてこなれれば1時間30~40分で収まるだろう。

打ち上げの席でも申し上げたのだが、こうした復曲物は恒常的なレパートリー増加につながらないと意味が薄いと、私は思う。仕事にする能役者にとって新たに覚えるものが増えるのは面倒なのは当然だから、それを超えて「演じたい、謡いたい」と思われる佳作を掘り起こし、魅力的に仕上げる必要がある。その点、単なる研究目的の復曲にそうした意義が加わることは少ない。だからといって「魅力満載」の凝り過ぎでは、後に続く人たちが踏襲しきれない。

私は「素人が謡いたくなり、舞いたくなる能」こそ復曲物のバロメーターではないかと考えている。塩津哲生氏の初演のあとには氏の門人たちがこの能を好いてくれて、素謡を稽古し発表会で披露した由である。今回も会場で謡本を販売したが、舞台を見た方、あるいは聞き伝えた方がこの観世流版〈墨染櫻〉を謡ってくれたら大したもので、そういうところからも、新たな名曲が新しい命を得てゆくのではないだろうか。

上演に先立ち45分ほど講話をさせて頂いた。この時、見所の方々が実に良く耳を傾けて下さったのは、もともと能の前に不調法な雑話をご披露するのが申し訳ない気でいる私にとってありがたく、救われるような心地だった。

ということで、私としても楽しく感動的な完曲〈墨染櫻〉再演だった。
いささか雑然とした感想だが、以上、とりあえずの上演報告としたい。

2015年2月 7日 | 記事URL

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