2016/5/28 第4回清能会・塩津能の会〈弱法師〉演出新案 | 好雪録

2016/5/28 第4回清能会・塩津能の会〈弱法師〉演出新案

本日午後、喜多六平太記念能楽堂での「第4回清能会・塩津能の会」において、会主・塩津哲生氏の委嘱を受け、氏がシテを勤める能〈弱法師〉の演出新案を試みる機会を得た。
この能は世阿弥自筆本の転写本に基づく「古型復元」が幾度も試みられており、例えば、高安通俊をワキ方でなく狂言方が勤める、原文から類推されるツレ「俊徳丸の妻」を出す、ワキまたはワキツレとして(現行では登場しない)「天王寺の住僧」を出す......などの工夫が重ねられたが、正直なところみな「試演のための試演」に留まり、演劇的には錯誤としか言いようのない現行演出に勝るとは必ずしも言い難いものだった。

今回新案した演出は、シテとワキはそのまま、間狂言だけ常の「高安通俊に仕える下人」から「天王寺の能力(のうりき=雑役の下級僧)」に替えるやり方。ただし、現行で最も劇論理に抵触する「わが子と対面しているのにワキがそれに気付かない」矛盾を払拭するために、シテとワキとは最後の最後(終曲部《ロンギ》)まで対話せず、施行や極楽問答など、現行ではシテに対してワキが働き掛ける(つまり、決定的な誤りと言うべき)箇所はすべて、ワキ・通俊に代わってアイ・天王寺の能力が対応することにした。当然その分、間狂言の職責が重くなる。本日は髙澤祐介氏にこれを願ったが、氏のキッパリとした藝風を恃んでのことである。

シテとアイが劇中で積極的に関わる能には、〈百萬〉〈花月〉〈巻絹〉〈籠太鼓〉などがある。前者2曲ではアイは謡を謡い、後者2曲では地謡にかぶせてセリフを言う。私には、「能の演出は既存のやり方を応用し、新たなものとして活かすべきだ」との信念があるので、丸っきりの新案ではなく、こうした例を鑑みて「先例に準ずる」ことを旨としている。ただ、今回は「謡の掛ケ合イ」をある程度含み、シテとアイとがこのような応酬を交わす例が他の能にはないだけにちょっと心配もしたが、塩津氏と髙澤氏の間でよく調整が出来ていたせいで違和感はまったくなかった。これが「型」としてこなれれば今後まったく問題はなくなるだろうと思う。

一つ、お詫び。
本日配付のパンフレット解説に「施行の場」の演出について、「ワキが『いかに施行を御引き候へ』と命ずるとアイが『心得申して候』と答え(ここのみ新規に加筆した)と記したが、これはパンフレット執筆時の私の勘違い。本日の舞台がそうだったように、当初からの私案は以下のとおりである。ご覧頂いた向きには、お詫びもろとも訂正申し上げる。

【当初案】
★地謡「花をさへ」にかぶせてアイはワキに向き膝を突き「いかに施行を引き申し候べし」と言うとワキは下居のままアイに向き直って「心得てある」と答え、アイは扇を広げて盃のように持つと、ワキは扇を開いて酌扇のように施物を与える型。アイこれを受けて立ち、左袖を広げたシテに近寄り「サラサラサラサラ」と言いながら施行の型。

もっとも、ここには実見後の反省もあって、アイが施行に立つのがちょっと早かった。
修正案を記せば以下のとおり。

【修正案】
★本日は初同「花をさへ」の内(=打切の前)に、地謡にかぶせてアイ「いかに施行を引き申し候べし」と言ったが、コトバと所作をそれより少し遅らせ、「色々に」の初句までアイは不動のまま待ち、合頭を聞いてから打切の内にワキへ向いてアイが居直り「いかに施行を」と言い掛けたほうがキッパリした感が出て良かったように思う(打切後の返シの地謡にアイ「サラサラサラサラ」の所作や声がかぶるのは何ら問題ない)

「能の演出」とはいえ、派手な型を無手勝流に編み出すのは実は簡単。細かい演技の手順や間合いを調えて文辞を活かし、劇性を明確にするのが本当で、それには細かな配慮が欠かせない。実際、キチンとした役者の申し合わせ(リハーサル)に臨席すると、よくぞまあと感心させられるほど微細な注文が出るものである。
作品の程度はあるものの、役者は能そのものをないがしろにするわけにはゆかないし、文辞に真摯に対してこそ藝が生きもし、死にもする。「名作」と呼ばれる能ならば、まずは大抵、納得させられる型が付いているが、「必ずそう」であるわけでもない。
批評に携わる者として、型の是非や有効性は常に考えておらねばならず、逆に言えば、演技に対する対案を示せないでいて能の批評などできない。「演出家の仕事がある程度できないと批評もできない」という側面が、少なくとも能にはあるように思う(加えて、あえて贅言を言うならば、いわゆる「研究者」には演出能力は必ずしも必要ではない)

ともあれ今回の〈弱法師〉新演出については、後日なんらかのかたちで発表しておきたいと考える。
とりあえず、本日高覧の方々には篤く御礼申し上げたい。

2016年5月28日 | 記事URL

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