批評

2011/9/7 新橋演舞場 9月大歌舞伎 夜の部

1・〈沓手鳥孤城落月〉二の丸亂戰の場/城内山里糒庫の場 ★☆☆☆☆
2・中村歌昇改め三代目中村又五郎・中村種太郎改め四代目中村歌昇 襲名披露口上
3・〈菅原傳授手習鑑〉車引 ★★☆☆☆
4・〈増補雙級巴〉 市川染五郎宙乗にて葛籠抜相勤申候
序幕:大手並木松原の場・洛西壬生村街道の場/二幕目:足利館別館奧御殿の場・同奧庭の場/
大詰:南禪寺山門の場 ★☆☆☆☆

将来有望な親子の襲名はまことにめでたいが、芝居としての内容の薄い夜の部である。

〈糒庫〉は芝翫の病欠で福助が初役の淀君を勤めた。
その意味でも割り引いて考えないと申し訳ないものの、良い出来ではない。

亡き歌右衛門や現芝翫しかり、五代目歌右衛門もそうだったに違いないのだが、あられもない狂乱だけあって、この役は顔で芝居をし過ぎるように出来ている。
福助の癖・百面相が、ここでは手放しで許されるのだ。
五代目歌右衛門の写真を見て研究を加えたのだろう、所々よく似ているし、晩年にわかに重演した六世の面影も随所にある。
が、福助の顔は「顔まね」の顔。内面の感情が単純なので、あまたの表情がすべて、貼り付けた面(メン)に見える。
私は、その昔NHKの人形劇〈新・八犬伝〉で辻村ジュサプローが作成した「玉梓が怨霊」を思い出した。

坪内逍遥は決して一流の劇作家ではなく、長編のここだけを取り出しても実に他愛のない芝居である。無内容として上演廃止を願う人もあろう。
それだけに、役者の個人藝もしくはカリスマ性の充実「だけ」が見どころとなる。
善悪によらず本当にこの芝居の真価を問うなら、昼の部〈桐一葉〉、夜の部〈孤城落月〉、一日かけて一挙に通して上演する試みがあっても良い。

芝翫はついに、どちらの家の藝も通しで演ずる機会がなかった。通しに限らず〈桐一葉〉は一度も主演していないのではないか。亡き歌右衛門が「ここは実に難しい」と強調していた〈孤城落月・奥殿〉の淀君も芝翫が勤めたのは2度限り、それより回数は重ねた〈糒庫〉も、芝翫の藝では充分に持ちきれなかった。

亡き歌右衛門は喝食の鬘の似合わない女形だった。
つまり本来、淀君役者ではない。
この役は五代目歌右衛門随一の当たり役だったから、観客にその記憶がある内、六世は決してこれを求められなかった。芝翫時代に1度勤めたきり、再演までほとんど10年の歳月を要し、まだそれでも身に合わない役と見なされ続けたのだ。
体力衰弱した最晩年、ジャーナリズムに持ち上げられ、にわかにカリスマ性を膨張させられた六世歌右衛門の「伝説」は、親しく実見し続けた身から眺めてかなり胡散臭い言説ばかり横行していたと思うが、淀君が漸く「六世歌右衛門のもの」になったのは、その衰えた晩年である。
マイクを用いセリフを拡声してまで、気力を振り絞って演じ続けた淀君。ここに籠められた気迫は、効果音の大砲の音よりも凄まじく轟き、満場を圧した。あの衰えきった小躯のどこから噴出したのか、と思われる気迫だった。
このとき、芝翫や宗十郎や田之助らに囲まれ、「御前さま、御前さま」と宥める女形の声に満ち満ちた中に唸り続ける六世歌右衛門の〈糒庫〉は、まさに「歌舞伎国の落城」だった。

福助は歌右衛門より喝食の鬘が似合う。
晩年の歌右衛門は黒地に白の松皮菱段の裲襠だったが、今月の福助は黒地を避けて白地を用い、夏の陣の季節に応じた趣味に適っている。
細部の演技を指摘すれば、それこそ、一挙手一投足に良いところ、悪いところがある。
だが、そんなことをあげつらっても意味がないのがこの芝居、ことに、〈糒庫〉だけを取り出したこんな場合である。

福助がもし、この役を演じ続けたいと願うのであれば、五代目、六世、2人の歌右衛門が成し遂げたように、今後「自らの歌舞伎国」を作らなければならないだろう。
芝翫にそれはできなかった。雀右衛門にもできなかった。
「自らの歌舞伎国」を持たない女形が淀君を演じても、それは、むやみに威張り散らす狂女の百面相、つまり、単なる滑稽である。

将来、「落城」を惜しまれる「歌舞伎国」そのものが、果たして存在し得るだろうか。

大野修理之亮の梅玉はサラサラとし過ぎて素っ気ない。氏家内膳の吉右衛門はセリフが充分でなく、晩年の延若の不調を危惧させる。
秀頼は襲名の新又五郎だが、セリフと顔つきいずれも切迫感が不足、位取りにも欠ける。身にない役なのだろう。

〈糒庫〉に先立つ〈亂戰〉の裸武者・石川銀八は児太郎が勤めたものの、動きも長刀捌きも危うく修錬不足。七之助が演じた例もあるが、将来、真女形にしようという若者にこんな役をさせることはあるまい。

細かいこと。
〈亂戰〉と〈糒庫〉の幕間をつなぐ下座の三味線のテンポが実に遅い。歌右衛門在世当時の、ほとんど2倍に伸びている。謂れもあろうが、早間に弾くべき手がついているのだから、やはりおかしくはないか。

〈車引〉にもあまり感心はしなかった。

新又五郎の梅王丸は口跡明瞭だが、我當や死んだ茂山千之丞のような地声の響きで、身内からの力感の裏付けに不足。動きも同じ。型を外から決める半面、内部から盛り上がり緊張が極まってひとつのかたちに至る、という態ではない。
パッと目には勢いのある梅王ではある。

藤十郎の櫻丸は隈を取らない上方式。したがって、「讒言によつて御沈落」で泣き落とし、梅王に制せられるが、泣き落とし、グッと息を溜め、ハッとして気を取り直す呼吸が抜けている。セリフも所々不明瞭。さすがに、芝翫のように外形だけで中身は素に戻り、気のない棒立ちになる場面はなかったとはいえ、藤十郎の年齢で勤めて映える役ではない。

松王丸は吉右衛門。錆びのついた口跡の魅力で惹き付けるものの、「松王が引きかけたこの車、止めらるゝなら止めて見よ、エイ」のあたり、息を詰めること充分でなく、声の響きで押しきって流している。やはり吉右衛門も又五郎と同じく、セリフも動きも外在的なのだ。
〈車引〉を荒事の典型と考える時、これをオーソドックスと考えるのは大きな間違いなのではないか?

確かに、先々代松緑ですら、舞踊的ではあっても純荒事ではないと言われたものである。さすれば現在、「荒事の身体の典型」といって、誰に指を屈すれば良いのか。
だが、それでも、先代井上八千代の舞と武原はんの舞とを同じ視点で評価できないのと同じく、誰彼の松王、梅王を評するには、「荒事の身体とはいかなるものか」という価値基準をハッキリとさせておかなければならないと思う。
少なくとも、「セリフも動きも外在的」ではマズイのではないか、と私は愚直に考える。

杉王丸は新歌昇で、拙いながら精一杯手足を張っている。
時平は歌六。これは硬く、妖気もない。
ただ、この数年来、役者としての歌六を私は高く評価している。過去10年間で最も重要度の上がった役者といえば、まずこの人に指を屈すべきだろう。
歌六の特長は丁寧な演技にあるので、存在感で見せる人ではない。時平が良くなくても、他に見るべき歌六は沢山ある。
新又五郎にも同じことが言えるわけだ。

〈葛籠抜〉は染五郎の五右衛門、松緑の久吉。
まだまだ勉強芝居のレベルで、舞台に隙ばかり目立った。

前掲の場割は最近の吉右衛門所演どおりだが、芝居としては一種のダイジェスト版、しかも大詰は〈山門〉とて、五右衛門役者にドッシリとした存在感がなくては成り立たない。
染五郎もこうした大歌舞伎の舞台でなく、金毘羅芝居などで汗をかくのを見たら、未熟ではあっても大いに親近感が湧いただろう。

〈山門〉の浅黄幕外で言葉を交わす、廣太郎の左忠太、種之助の右平次。どちらもまるで高校生の素の会話。歌舞伎の舞台のコトバではない。

なお、劇中で「太政官」を「ダジョオカン」と発音していた。故実を言うならば「ダイジョオカン(クヮン)」である。     

2011年9月 7日 | 歌舞伎批評 | 記事URL

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