批評

2011/10/22 山本順之の會特別公演

平成23年10月22日(土) 午後1時半 宝生能楽堂
◆仕舞〈實盛キリ〉観世銕之丞/〈花筐クルヒ〉観世清和/〈天鼓〉観世淳夫
◆狂言〈萩大名〉 シテ:野村萬齋/アド(太郎冠者):高野和憲/小アド(亭主):石田幸雄
◆能〈姨捨〉 シテ:山本順之/ワキ:寶生閑/ワキツレ:寶生欣哉・大日方寛/アイ:野村万作
/笛:一噌仙幸/小鼓:大倉源次郎/大鼓:柿原崇志/太鼓:小寺左七/地頭:観世銕之丞

紆余曲折を経て自らの能の道を貫いてきた山本順之の、畢生の傑作と言うべき圧倒的な〈姨捨〉だった。
決して、「銘酒に酔う」という感覚ではない。
極上の茶葉を念入りに挽き上げ、卓越した点前で点て澄ました濃茶を喫するような、馥郁として、冴え冴えと醒めわたる舞台だった。

これまで、どれだけ〈姨捨〉の名演を見る幸いに恵まれたことだろう。

金剛巖。粟谷菊生。近藤乾之助。若松健史。梅若玄祥。
まだ他にも、立派な舞台が幾つも思い浮かぶ。
その中で、本日の山本順之の〈姨捨〉は、鍛え抜いた声と身体そのものの力に支えられ、冷え徹った意識を保ちつつ、徹底して現実に立脚し、安易な夢幻を語らなかった。
こうした強靱な、それでいて、血の通った人間の所為たることを失わなかった〈姨捨〉を、私はこれまで見たことがない。

ワキのコトバ「(心空なる)折からかな」で幕を上げさせ、舞台に向いて暫く、体感的にはちょっと長い間佇立したシテは、おもむろに「なうなう」と呼び掛け、松ごとに立ち止りつつ舞台に向かう。
そのコトバひとつひとつの、磨き上げた水晶のような輝き。
「假なる世とて今は早」と一ノ松に立った姿の佳さ。
面は深井。唐織は浅黄と褪色した朱色の段に菊と萩を織り出した、これまた時代と見える佳品。舞台に入っての挙措進退、特にハコビは文句ない老女の位取り(「老女の描写」ではない)であり、初同から潔く謡い込む地謡の響きを受け止めるのに充分な、順之の身体の強さである。

「薄霧も立ちわたり」と常座で右ウケ、周囲を見渡す心で面を遣いつつツメると、腰がシッカリ入り背筋が凛然としているため、顎はちゃんと引けているのに面がセリ出して見える。
つまり、腰と背筋の気脈によって、面が活きているのだ。
「淋しき山の景色かな」でタラタラ下がり再び常座に立って上体でクモった姿の、凝固したような確かな存在感。
初同で殊に印象的だったのは以上の2ヶ所。

続く問答「夜遊を慰め申すべし」とワキに向き一足ツメ、そのまま息を保って立つ心用意。「まことはわれは更級の者」とツメた足を一足引き収めても、ツメた息は切れることがなく、あとの動作に持続される、その内的緊張。
外形は端正で、堅苦しくもないが、内部ではこうした抵抗力を保持したまま、動きの呼吸を制御している。そのため、「今宵現はれ出でたりと」とワキを見込むと、全身が心の表現となって、ワキに覆い被さるような迫力が生ずる。
そのまま右に取って常座に行くと、「かき消すやうに失せにけり」の返シ句で上体でクモリ、やはり息は持続させたまま、一噌仙幸の吹く最高の送リ笛に乗って淡々と中入した。
前場全部で40分。
シテが出てからはただ一本の線で描き通した、白描画の趣である。

後場の一声は越ノ段を省き、段を取ってすぐ幕上げ。
姥の面。元は白地で今は薄黄色がかった江戸中期の、、鳥居に橘の金文様の名品長絹。白大口。鬘帯は白地の丸紋チラシ。扇は金地爪青の秋草。観世流ゆえ杖は突かず、一声の出に休息はない。ただ何事もなく出る。
残念なことに、「名を望月の見しだにも」で絶句。もう少し躊躇すると穴が開くところで、間髪を入れず後見(観世清和)が付けた。最適のタイミングである。
そして、もっと大事なのは、この絶句でもシテの息が途切れず、同じ緊張を保って続いたことである。

カマエの良さに支えられた姿態美は後シテになっても変わらない。
たとえば、後の初同で常座に立っている姿。
腰が強く引けているので長絹がよく似合うのみならず、腰そのものが遙か後方に飛んでいるようにさえ見える。それだけの強い力に引かれた上半身が、その力と拮抗するように前に出て、そのバランスによって面が活かされていることがよく分かる。
「また姨捨の山に出でて」と角前に立ち、面ばかりを正先上に向けて見込んだ、その面の表情が、どれほど厳しいものだったか。
ただ面の操作だけでこの表情が出るものではない。
これはひとえに、腰の力によるものである。

順之の卓越した身体は、前後・左右・上下に相反する引力がこのように保たれ、その均衡の上に成り立っている。そして、それは力みによる緊張ではなく、息による緊張である。
額に青筋を立てて気張るのではなく、インナー・マッスルによる自然体、と言うこともできるだろう。

全体を通して、動きにも謡にも、老人めいた描写はまったくない。
「月に見ゆるも恥づかしや」と正面に向いて右足を一足引き、少し半身になって左袖で顔を隠す型も、袖を思い切って高く上げる。おぼおぼとした老衰の表現ではなく、造形的確実さを意図しているのだ。
後の初同は以上のように強く、厳しい表現で終始したが、最後に常座(シテ柱寄り)に立ち戻り、「月に染みて遊ばん」と正面に一足ツメてトメた。
その瞬間、立姿は一段落ついた寛ぎを示してそれまでの端厳から一転、そのあとは自然とクセに向かう流れと変わって能を繋げた。
こうした絶妙の変化の中でも、息だけは切れず、一貫して持続したままなのである。

打掛を聴いて地謡がクリを謡い出す。力の限り鳴き尽くす虫の声のような強さである。
シテは大小前(少し大鼓前)に立ち、サシのトメにユウケンを一回。
この、腕を高く上げ、ゆったりとした扇づかいの美事さ。
ここには〈江口〉ほどの意味性はないものの、内実としては「すなはち普賢菩薩と現はれ」に匹敵する、充実した扇づかいである。

クセは圧巻である。大きな動きの中に小さな動きが内在し、小さく動いても大きく見える。
「他方の淨土を顕はす」で角トリ、そのまま左に回り込む大きさ。自律的に動いているようではなく、磁力に引かれるようなハコビ。
すなわち、力みがなく下半身がシッカリしているため、何かに惹き付けられるように動いているのだが、それが自ずから「心惹かるゝ方もあり」の文辞に相応する面白さ。
大小前から「蓮色々に咲き交じる」と下をシカと見つつ大きく面を遣いながら正中に出る時の、足下に次々と花の生ずる描写力。
上端アト、大左右に続いて、「光も影もおし並めて」腕をヒラキざまタラタラと下がった、その上体のカマエの、水甕を抱くような大きさ。
「ある時は影滿ち」では扇は翳さず、ただ角に立ってわずかに右上を見、「またある時は影欠くる」とゆっくり三足ほど引きながら、背筋は伸びたまま扇を手なりに翳し、地紙を縦にして顔を隠した姿の強靱な美しさ。クセ全体がこの型に結晶化した。

この「影欠くる」の扇の型。
情緒的ではない。ただ明確で、厳しく、美しい。
美しさを目的に作り上げた型ではない。型として成り立った結果としての造形美である。

太鼓入り序ノ舞。序は正式に五ツ(四節)踏んだ。
初段以降、拍子は踏まず、すべてシヅミに替える。初段オロシの笛の譜は常の序ノ舞のものである。

特筆すべきは、二段目。
角で扇を左手に持ち、囃子が段を取る。ここでシテは扇を見込んだまま、一息にヨロケた。
これは、失策ではない。口伝の老足である(はずである)。
人によってはヨロケない人もいる。また、扇を取り直す前にヨロケる人もある。
いずれにせよ、観世流の〈姨捨〉で時により見られる表現だが、まず成功する人はいない。

これは少なからずベタな老人演技である。
したがって、私は、「似せぬ位」の老女を貫いてきた本日の順之が、ここでこの型を入れるとは全く予想していなかった。そして、そのヨロケ具合が素(す)に近いほど真に迫っていたので、思わずハッとさせられた。

順之はその息を乱した老足のあと、瞬時にしてもとの息に戻った。その時、扇を持った左手は下におろされ、ヨロケる前に扇を見込んだ感情は断ち切られたまま、常座辺に行き、正面を向いて安坐休息、いわゆる「弄月」の型となった。

休息一クサリ目で左手の扇を出して見込む。
二クサリ目で扇はそのまま、面を右に見流し身もわずかに右にフレるが、上空の月をふり仰ぐことはせず、面はまっすぐ遠望し、むしろ心に視線が向く態。
三クサリ目はじっとそのまま姿を保つ。
四クサリ目に入るとすぐ太鼓のキザミが戻って休息を解いた。

以上、煩を厭わず詳記したのは、順之の「弄月」は他の誰の「弄月」とも違っていたからである。

「弄月」とは、観世元章の命名と伝えられる。
その字面に引かれる訳でもなかろうけれど、ここで大抵の役者は、開いたまま左手に抱えた扇に月光を映し、上空の月と見比べるような演技をする。これは別に、誤りではない。
ただ、その前、大抵の役者は、初段最後に角に立ったまま、そこに月を幻視するかのように扇を見込んだあと、左手を下げてしまう。そのまま常座に行き、改めて左手を上げて扇を見込み「弄月」の型をする。
つまり、初段の最後と、「弄月」の型と、左手の扇に見入る同じ所作が、断絶して反復されがちなのだ。

これを周到に避けたのは、片山幽雪と梅若玄祥である。
2人はともに、二段目で左手を下げず、扇に心を留めたまま常座に行き、そのままの心を保ち「弄月」の型に繋ぐ。これならば、扇への視線が月に魅入られたシテの心象として一貫した表現となる。

順之はまた違う。
むしろ、幽雪や玄祥の行き方を逆手に取った。

すなわち、初段の最後でいったん左手の扇を見込んでおきながら、ヨロケることでその思い入れを断ち切る。そして、手は下げたまま、つまり初段の感情とは無関係のまま、「弄月」の型に移行するが、前述したように、ここで順之は決して上空の月を見ない。
「弄月」と言いながら、「月を弄ぶ」ことは一切しないのである。
休息の二クサリ目、三クサリ目で、順之は不動のまま、「自らの心の奥処の月」に思いを致すかのようだった。

なるほど、間狂言が語る如く、この能の老女は月光を見ることのできない盲目なのである。

私はこのことに思い至った時、背筋が凍る思いした。
こんなことを思わせる〈姨捨〉に、私はこれまで一度も接したことがない。

「口伝」とは単に所定の箇所でヨロケることを知っているかどうかが問題で、ヨロケる意味についてはおそらく記されていないだろう。
順之がここでヨロケたのは、単純な描写としての「弄月」を拒み、抽象的な心象風景に読み替えるためだったと、私は解する。
それは、老女めかさず、説明的な感情を示さず、ただ一貫したイキと造形性で全体を貫いた順之の〈姨捨〉にとって、必然的かつ必須の表現だったのだと思う。

役者の手の内を見せない意表に出た珍しさを「花」と言うのならば、順之のヨロケはまさに当座の「花」だった。
そしてそれは、盲(めし)いたまま衰死した老女の魂を描くための劇的必然を伴った、優れた表現の契機としての「花」でもあったのだ。

序ノ舞が終わる。
「胡蝶の遊び」で、これまで袖すら返さなかった全曲中、角でただ一度だけ左袖をかづく。
「やる方もなき今宵の秋風」で脇正面に立ち、幕を見込んでも、感傷は皆無。
太鼓が打ち止め、ワキとワキツレが舞台から退くと、シテは凛として背筋でこれを見送る。
「獨り捨てられて老女が」の、淡々として強く厳しい謡の響き。
ゆっくり正面を向きざま、やや右半身となって上体でクモリ、そのまま下居し左膝を抱えた形のごく小さく引き締まったさま。
残留一クサリ目そのまま、二クサリ目に立ち上がり、右ウケ、右・左とツメてトメ。

全曲、2時間10分。所要時間は、9月銕仙会での観世清和〈井筒〉とほとんど変わらない。現今の観世流〈姨捨〉としては、破格な短時間である。
これは、地謡も囃子も余分な思い入れなく進めた結果であり、それは順之の選択した行き方でもあったに相違ない。
この上もなく緊密な、充実した2時間10分だった。

型も、謡も、すべてが明確なかたちを具えた山本順之の〈姨捨〉は、自己覚醒の能である。
それでいて、全く形骸化していない。
ひとりの老女の劇的人生の表現から発して、「生きること」そのものを生きた充実。
それは、われわれが一番の能を見て、自身いまこの一瞬を確かに生きていると知ることに相等しい。
自己覚醒の能であればこそ、本日の〈姨捨〉は山本順之のものであると同時に、観客一人ひとりにとっての〈姨捨〉たり得たのである。

山本順之の厳しい身体性は、他者を拒む性質のものではない。
その厳しさによって、万人がわが事と同じくできる抽象性を極める態のものである。

冒頭の出のハコビで〈姨捨〉の世界を張り巡らせた寶生閑のすばらしさ。

囃子の優秀さ。特に笛の絶妙な響きと、太鼓の強く深い打音。

地謡は観世銕之丞の自己没入型熱唱。これが、両脇の淺見眞州と淺井文義の設計図に留まりがちな知的アプローチと拮抗、外枠には順之の能を良く知った清水寛二、西村高夫が就いて、一方向を向かない有機的な地謡の響きを成り立たせた。

万作の間狂言は淡々たる中にすべての内容が籠められた絶品。私は今秋、〈姨捨〉を4度見るが、そのうち3度までが万作のアイである。シテ方にとって万作のこの役がいかに必要とされているか、充分理解される。

2011年10月22日 | 能・狂言批評 | 記事URL

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