批評

2012/1/4 松竹座壽初春大歌舞伎

1・〈傾城反魂香〉土佐将監閑居の場 ★★☆☆☆
2・〈修禅寺物語〉 ★★☆☆☆
3・〈積戀雪關扉〉逢坂山關所の場 ★★★★☆

ちょっとご祝儀相場の評価だが、〈關扉〉がなかなかの見もの。
総体に充実した昼の部で、見て決して損はない。関西圏の方には是非お勧めしたい。

〈吃又〉は翫雀の又平とて、袴ナシ着流し姿の関西型。最後に将監が手水鉢を斬り吃音を治してやる件が付き、又平・おとくの幕外でめでたく盛り上げ、正月らしい。

翫雀の又平は熱演の半面、地藝に乏しいので腹応えがしない。同じ世代の歌舞伎役者の中では飛び抜けて善人性に優れ、仕事も丁寧だが、日常性を背負っていると言うべきか。
体形からも善人性からも、能役者で言うと私は翫雀と観世銕之丞とに似通ったものを想う。が、銕之丞がともすると存在感と起爆性に徹底した秀演を見せるのと違い、翫雀にはそれがない。

私にとって唯一無二の〈吃又〉は、昭和59年2月・歌舞伎座で、二世松緑・故人梅幸の生涯ただ一度の顔合わせによるもの。
これは六代目菊五郎流とて演出が異なるけれども、その松緑の徹底したリアルさの恐怖。影のように付き添う梅幸の存在感。
『梅玉藝談』によると、初代鴈治郎の又平も別の意味でリアル、自己と役柄の境を熔解させる大熱演だったという。翫雀にも、銕之丞風の火球の如き更なる熱演を期待したい。
なお、翫雀の又平は、吃音のセリフが殆ど聴き取れない。こうしたところは、吃音の表現を示しつつ、「観客に分かるように」言いなす技巧が大切。熱演だけで済ませられないところに、この役の難しさもあるのだ。

秀太郎のおとくが見ものである。
例えば、初めのシャベリ。
秀太郎のおとくは、誰のおとくよりもセリフのテンポが速く、間が詰まっている。「鰻の穴から出るやうに」と藁苞をくねらせて見せる愛嬌の型もあり、いかにも口から先に身体から先に動き出している女の表現に優れている。
それでいて、修理之助が土佐姓を許されたと聞かされた時、大げさにハッとせず、いかにも「それを言ってくれるな」と言いたげに夫を窺い、しおたれる。
続くセリフにあるように、百姓たちからの情報で、修理之助が今宵、印可を受けたこと(=又平もまた最も望むこと)を、夫婦は既に知っているのだ。
秀太郎のおとくには、その「触れたくないが、触れなければいけない事実」に迫る性根がある。おとくのしゃべりは、これに先立つ「枕詞」なのだ。
これは、近年どのおとくにも見られなかった発見であり、長所である。

又平が姫君奪取を志願する件。
「親もない」に続く「子もない」で、秀太郎がちょっと自分の腹を見るようにして示す、さりげない憂いの思い入れ。
子を生み得なかったこと。これが、おとくが又平に寄せる過剰なまでの愛の源だったと知らされる。ここに、一人の女の一生が浮かび上がる。

秀太郎のおとくが優れているのは、以上の2点からも明らかだろう。

ちなみに、「子もない」の件は、平成16年6月の歌舞伎座で吉右衛門を相手に雀右衛門が勤めたおとくが最高に秀逸だった。
この月の雀右衛門のおとくは、彼の藝の最高到達点。
ほかに、絵を描き終わった又平の手が硬直しているのに気付き、万感胸に迫った悲劇的表情で「エライこっちゃ、エライこっちゃ」とつぶやきながら筆を放してやる雀右衛門の演技は、まるで又平の母になったような至誠と熱愛の表現だった。
秀太郎にそこまでの「熱」はないけれど、陽気な中に翳があり、又平がどんなに嘆こうと怒ろうと目を離さず見つめ続ける妻の愛があり、感動的だ。
ちょっと老け込んだ感はなくもないが、今月これだけは見ておきたいものの一つである。

海老藏は昼夜全狂言に出演の大奮発。
雅楽之助で花道に出るとパッと明るくなる感がある。これは他の役者にはない華。
半面、所作板を勢いよく踏み鳴らすものの、動き自体がクニャクニャ流れがちだ。
〈十種香〉でも〈盛綱〉でも、注進の役の演技はもっと角々キッパリ動いてサラリと済ませるべきだろう。いわば記号のようなもので、「雅楽之助の置かれた状況や人間的性格」など、考えてはいけない。
何となく、海老藏の雅楽之助には、そんなことを考えていそうな雰囲気がある。

修理之助は笑也。仕事のないところで謹んでいるさまや、口跡など、良いところもあるが、最初に出て二重を降りる姿など、素になって隙のある部分が多い。
将監は市藏。まだ白髪は似合わず、性根を示すだけの内容はない。北の方は家橘。

中幕の〈修禅寺物語〉は、我當の夜叉王が最初から最後まで諦観に基づいた泣き調子で通すので、その点では一向に盛り上がらない。
ある時は尊大、ある時は豪放、果ては〈地獄變〉の良秀にも通ずる、藝術家の大精力が夜叉王の性根だろう。
最後に桂の顔を見据えるところなど、愁いではなく歓喜の表情こそ泛んでいてほしい。

扇雀の桂はニンではあるが、春彦と口論のあと、暖簾口に消える後ろ姿が、いかにもぞんざいで下品なのはいけない。
役柄としてのニンを活かすことと、人間的な素の「地」を感じさせてしまうこととは異なる。
最近の扇雀には、ニンにない役を虚心に研究したほうが良いのではないかと思わせられることが多い。

吉彌の楓は過不足ない出来だが、ちょっと老け過ぎている。老婆役を含めて最近やりつけた役に引きずられたか。春彦は進之助。

海老藏の頼家。ニンと柄は当代一。
だが、芝居が神経質で細か過ぎる。

例えば、最初の夜叉王住家で、海老藏は色々な人の言葉に一々表情を変えて見せる。
だが、将軍たるもの、言うべきことを言うにもせよ、常は正面を切っていてほしい。些細な反応を示せば示すだけ役が悪くなる。
セリフもしかり。十五代目風の凛とした様式性の強い歌い上げで通すかと思うと、面が出来ぬと言い張る夜叉王に「おのれ」と言い掛ける、その調子がとたんに海老藏の素になって、「おのれ」に含まれた怒りの感情が生々しく突出する。
そうした裂け目が、海老蔵の芝居には随分ある。

だが、桂の持ち出した面箱の面に見入る表情。
虎渓橋の場で花道に出て月を見つめる表情。
こうした、ひとつの事物に目と心を向ける件になると、海老蔵はとたんに安定度を増す。
こうした部分の海老藏は、実に光り輝いているかのようだ。

海老藏の演技の欠点は、簡単に言えば「考え過ぎ」の部分にあり、対人関係に対する自己閉塞と独り合点にある。
面や月という事物ではなく、「他者」を発見し、「他者」と自己との関係性を修復することが、海老藏にとっての急務だと、私には思われる。

松之助の金窪兵衛尉が、ちょっと愛嬌が漂うものの、口跡の良さと晦渋さを充分に示して良い出来。頼家に付き添う下田五郎は市藏。

〈關扉〉は私にとって特別の出し物である。
岡本綺堂が九代目團十郎と五代目菊五郎のそれを「若い方には申し訳ないが、見た者でなければその面白さは到底分かるまい」と嘆じたように、歌右衛門・二世松緑・先代勘三郎のそれに、私は全く同じ感慨を抱く。
だが、だからと言って「それ以外」を全否定する気はさらさらない。
今月の團十郎と藤十郎だって、一見の価値は充分にある。

山城屋の2役は昭和43年2月の大阪・新歌舞伎座以来44年ぶり。
しつけぬ役とて、上下ともセリフはまことに怪しく、ちょっとハラハラさせられる。
だが、身に着いた動きの重みと充実。
いや、「動き」よりも、動きと動きの間の身体の充実が素晴らしい。

例えば、上の巻「後の世頼む志」で合掌する型は何でもない。そのあと、身体の向きを換え愁いの思い入れを見せる、何でもない経過で息が抜けず、「芝居」になっている美事さ。

この小町ほど、振リと表現の点で難しい役はないと、私は思う。
平成元年3月、歌右衛門最後の墨染に先立って、小町のみ勤めた雀右衛門の凄さ。
「お顔を見るよりゾツとして身に応へ」で、上手を向いて両袖を膝に被せ、、右足を浮かせ、下に居る振リがある。
この時の雀右衛門は、左足一本で立ち、そのまま右足を着かず、宙に浮かせたまま下に居て、実に佳い形を見せた。
こんな凄いことが、現在、誰にできるだろうか。
吹輪の鬘や振袖がどれほどの重みがあるのか体感したことはないが、それを想像で加味した上、「左足一本立ちで、左膝の力だけで身体を沈めて崩さない」など、尋常大抵の修錬で出来る業ではないと思う。
〈關扉〉の振り、殊に上の巻には、こうしたさりげない難技巧が隠されているのだが、普通の踊り手は自分の身体に合わせて無難に処理するである。

藤十郎の小町に戻ると、上記「身に応へ」などさすがにもう無理で、無難以上に崩している。下の巻・墨染の「邪慳の斧」の海老反もホンの形ばかり、花道に流れて「雪を踏み分け踏みしだき水に」の数拍子もキチンとは踏めていない。
だが、先述の小町の件(取り立てて何でもないところを敢えて抽出した)に見るように、振リと振リとの間に隙がなく、結果として「役」が立ち上がってくる点、幻想味には欠けるものの、藤十郎の小町と墨染は見ていて飽きず、充実感がある。
舞踊家の踊りではない、役者の踊りとは如何なるものか、〈關扉〉とはどういう「舞踊劇」であるのか、藤十郎の2役を見て、考える契機になるはずである。

團十郎の關兵衛は、幸四郎や吉右衛門が思った以上に老け込んでしまった今、天下を狙う大伴黒主らしさで言えば当代一だろう。
仲藏振リらしい丸っこい大きさや旨味(二世松緑はそれを幻想させた)はないが、ブツ切りにしたような大きさが身上。
昨年襲名100年とて日生劇場で記念興行もあった七代目幸四郎の關兵衛が、七代目宗十郎の宗貞と六代目菊五郎の小町の袖を取った「紅葉の橋渡し」の件で左足を踏み出した写真(昭和12年5月・歌舞伎座)など、実にキッパリと美事な形を見せているが、團十郎にこうした良さはないし、それを求めても「無いものねだり」というものだろう。
關兵衛の件でも善人一方ではない荒っぽさがある点、星繰の見得での荒事味など、余人に求め難い点が評価される。

ちなみに、上の巻で關兵衛の胸ギバは見せなかった。
今の團十郎に多くは求めないが、先月の浅草・平成中村座で初役の勘太郎が同様に避けたのは大いにいけない。若くて役柄を演ずるのは無理な分、こうした技に挑むのが勉強と言うものだ。

海老藏の宗貞の良いところは、頼家と異なり、あまり余計な演技をしない点。
たとえば、やはり先月の平成中村座で、扇雀の宗貞は、關兵衛の当てこする「女とさえ見りゃあ、通してやれ、通してやれ......エヘヘ、よろしゅうござります」を聞いて、屋台の上から下手の關兵衛を見遣ったが、これだと些細なことを気に掛けているようで、宗貞という役の格が落ち、酷く下品になる。
頼家と違い、海老藏の宗貞はここでただ正面を切っていて、關兵衛の言うことに頓着しない。これは正しい演技である。
小町と關兵衛との問答の間の態度も良い。
「喝食の身にて候ぞや」あたりまで下手を自然と見遣って、そのあとおもむろに正面を向き、また「提婆が悪は」あたりで再び下手を見遣り、小町が関内に入るまで気を繋ぐなど、実に正しい態度である。
半面、セリフにアヤを付け過ぎて、その点はやはり神経質。梅幸が名調子で唸らせた「御愛樹のこの桜」の長セリフは、一本の調子で淡々朗々と聞かせるべきで、「崩御を悼むあまりにや」「薄墨色に咲きける(「咲きたる」とは言わなかった)を」で段落を付けるのは小細工で、役が不必要に鈍重になる。

海老藏には今回の浅黄の着付がよく似合うが、濃紫もまた似合うだろう。

常磐津は一巴太夫が上下とも出勤して奮発。
さすがに往年の声はないが、置キ「待ち得て今ぞ時に逢ふ」、下の巻「繁れ松山」あたり、ちょっと堅めの語り口に品格が漂い、傾聴すべき点がまだまだある。

2012年1月 4日 | 歌舞伎批評 | 記事URL

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