批評

2012/2/1 ミュージカル〈ラ・カージュ・オ・フォール〉

2012年1月13日(金)13時半、19日(木)13時半、28日(土)17時半 日生劇場
ジョルジュ:鹿賀丈史/アルバン:市村正親/ジャン・ミッシェル:原田優一
ハンナ:真島茂樹/シャンタル:新納慎也/フランシス:日比野啓一
アンヌ:愛原実花/ダンドン議員:今井清隆/ダンドン夫人:森公美子/ジャクリーヌ:香寿たつき
ルノー:林アキラ/ルノー夫人:園山晴子/ジャコブ:花井京乃助
(男性アンサンブル)大塚雅夫・石丸貴紫・美濃良・香取新一・水野栄治・富山忠・附田政信・佐々木誠・杉山有大・小野寺創・栗林昌輝・白石拓也・鯛中卓也・高木裕和・土器屋利行・福山健介・村上聖・山本真広
(女性アンサンプル)髙橋桂・多岐川装子・浅野実奈子・首藤萌美
作詞・作曲:ジェリー・ハーマン/脚本:ハーベイ・ファイアスティン/オリジナル振付:スコット・サーモン
翻訳:丹野郁弓/訳詞:岩谷時子・滝弘太郎・青井陽治/演出:山田和也
音楽監督・編曲:八幡茂/音楽監督・指揮:塩田明弘
装置:田中直樹/衣裳:セオニイ・アルドリッチ、小峯リリー/照明:沢田祐二/音響:山本浩一
振付:真島茂樹/声楽指導:北川潤/ヘアメイク:宮内宏明/演出助手:落石明憲/舞台監督:二瓶剛雄
主催・企画制作:東宝+ホリプロ

ブロードウェイ・ミュージカルとしての'La Cage aux Folles'は1983年にニューヨークのパレス・シアターで初演された。
1987年まで1,761回ロングランの大ヒットとなったばかりか、打ち留め後も2004年と2010年の2度リバイバルされている。
歌舞伎のように古典の反復上演中心ではない、選り抜きの新作が現われては消える、生き馬の目を抜くブロードウェイ。
さほどの間隔を置かず重演を求められるというのは、それだけこの作品が敬愛されている証拠である。

そう言えば2007年4~5月にヴィーン滞在中、フォルクスオパーでこれが掛かっていたのを憶えている。この時は「ヴィーンでミュージカルを見よう」などとはさらさら思わず、シュターツオパーでのモンセラ・カバレ客演、デセイ×フローレス〈聯隊の娘〉がお目当てで、フォルクスではモーツァルト〈ティトゥス帝の仁慈〉などを見たに留まった。
ご存じのようにヴィーンのフォルクスオパーはオペレッタ中心の小屋だが、近年オペラにも力を入れ、2001年からはヴァグナーの大作〈マイスタージンガー〉までもレパトリーにした。〈マイスタージンガー〉を手掛けるオーケストラがそのままピットに入る〈ラ・カージュ〉など、世界広しといえどもここでしか聞けまい。
いま思うと実に惜しいことをしたが、それだけにフォルクスオパーではミュージカル演目を厳選している。〈ラ・カージュ〉は選択肢に残った出し物というわけで、事実、私は見なかったが現地の見巧者にウケて札留め続き、非常に評価の高い公演だったと聞いている。

ブロードウェイ上演版'La Cage aux Folles'の記録は、YouTubeを検索すれば容易にさまざま目にできる。
一見して思うことは、「これは西洋人の、キリスト教徒の出しものだなぁ」ということである。
演技・歌唱すべてに亙ってそうなだけではない。芝居作りそのものが違う。

たとえば、第1幕の幕切れに置かれている全曲中随一の大ナンバー、アルバン=ザザの絶唱'I Am What I Am'は、原詩と邦訳とで言っていることがだいぶん違う。
原詩の冒頭。

'I am what I am ,I am my own special creation.'

静寂と緊張のうち、ア・カペラに近いかたちで、これを1フレーズで歌うわけである。
市村が歌う、この部分に対応する訳詞は、

「ありのままの、私の姿を見て」

このままでは'I am my own special creation'の邦訳が落ちてしまうが、これは次のフレーズに繰り延べられて「この世界に一人だけ、それが私」という訳詞に大枠で対応しつつ、やはりそこでも肝腎の'my own special creation'(私独自の特別な創造物)が訳しきれていない。

ナンバーの題名となって一曲の間に反復される'I am what I am 'は、簡単に訳せば「私は私」だが、真意を汲んだ訳はこうなろう。

「what I am=私とは如何なる存在であるか?という問いこそ私である」。

これは、デカルト的存在論にも通ずる言句だ。
デカルトの言う'Je pense, donc je suis' (私は考える、ゆえに私はかく存在する)よりも自意識の点で一歩踏み込んだ覚醒、「『わが存在とは何か?』と問い直すことによって、私はかく存在してきた」という思念が、ここには明言されている。
女装を常態とするゲイ男性として、「自分とは何者か?」という問い掛けは、彼の生の軌跡そのものである。
常人はふつう、このような自己認識の確認作業は続けない。
アルバンは徹底して、終生それを問い直し続けた。

ちなみに、能役者が面・装束を身に着けるのと同じように、化粧とは、女装とは、自己と役柄との偏差を確認する知的作業にほかならない。他者から美しく見られるには高度な技術を使う冷静さが必要。変身願望が満たされる自己陶酔に陥ると確実な美装はできない。第1幕に登場したアルバンが美事に化粧しながら歌う名曲'Mascara'は、 この消息を明確に示している。

加えて'my own special creation'という体言止めは重い。
敬虔なるキリスト教徒(アルバンは第2幕でハッキリこう自称する)の常識として、creation=創造物とは、全能の神の御業によってのみ生ずるものだ。

アルバンの歌は反復のたびに2度づつ上昇しながら、最後にこの詞章に至る。

Life's not worth a damn, till you can say,
"Hey world!I am what I am!"
(人生に呪う価値はない。あなたが口にできない限り。
「どうだ、世界よ!私とは如何なる存在であるか?という問いこそ私である!」)

「わが子」ジャン・ミッシェルから全存在を拒まれた「母」アルバンは、一人の思索者として、孤絶した殉教者として、受苦の神の視線で、誇り高くこの歌を歌う。
全能の神の創り給うた天地がworld、神が人を永劫の地獄へ堕とすことがdamnである。
ここでアルバンは、神になり代わって自らの存在意義を天地に問い掛けている。
その言挙げの強さは、ほとんど呪いの言葉に近いことを、われわれは知らねばならない。

'I Am What I Am'の与える絶大な感動の源は、振り絞るつぶやきから始まり、次第に狂熱を帯びる名旋律の力に加え、こうした精神的な詞章の力にある。
「息子と信じた若者に捨てられた女々しいゲイの繰り言」などでは、決してない。
そうして、このような凄絶かつ崇高な自己主張の言葉は、日本人の決して吐かないものである。

この部分、市村の歌う邦訳は以下のとおり。
「どんなカードが来てもいい。そうよ!私は私!」
余儀ない意訳とはいえ、原詩の面影はまったく失われていることが分かるだろう。

一語一語に籠められる意味性が英語と違って稀薄な日本語で、思想的内容が情緒的内容に置き換えられて真意を失うことは、ある意味で避けられない。
ここでもその現象が生じているのである。

こうした詞章の問題だけでなく、人物設定の点でも(少なくとも実見の限りにおいて)不明確な点が散見される。
たとえば、アルバンと、その夫・ジョルジュの前半生は、どんなものだったのだろう。

アルバンについては、この20年に亙って「家族」の生活と経済を支えてくれたとジョルジュは言っている。
ただし、ジョルジュのセリフには、現在盛業中のナイトクラブ「ラ・カージュ・オー・フォール」は開店以来15年だとある。
その前の5年はどうしたのか。また、もっと前のアルバンはどうしていたのか。
土台、アルバンは何歳なのだろう?

ジョルジュは昔、パリの有数のキャバレーでダンサーをしていた、という。
その店は実在の名店「リド(Lido de Paris)」だ。←注意:音が出ます
第1幕でジュルジュが踊り出すのはそのためだし、誘われた(踊れない)アルバンが「昔のままねぇ!」と苦笑するのは、ジョルジュの前半生を踏まえたセリフである。
ただ、今回のセリフで「リドで踊っていた」とは明確に聞こえず、鹿賀丈史のダンスはご愛嬌で、お世辞にも「巧い」とは言えない。

原作の戯曲(ジャン・ポワレ作・1973年初演)を読んでいないので今は後考を期したいが、音楽で進行するミュージカルでこうしたことを観客に細かく印象付けるのはなかなか難しいだろう。
販売されるプログラムで役柄のプロフィールやドラマの背景を詳細に記しても良いと思うが、オペラでもしかり、ミュージカルでも、ドラマ的なことに関しては省かれることが多く、演者の個人的プロフィールのほうが丁寧だ。

今回の演出は東宝演劇部の山田和也。
キメの細かな、役者たちの中に分け入った仕事ぶりは丁寧で、彼のブログ「SHOW GOES ON !!」は簡潔かつ的確にミュージカル演出の現場の雰囲気を伝え、単なる宣伝を超えた貴重な証言となっている。〈ラ・カージュ〉についての記載も豊富ゆえ、ご興味の方は是非とも一読せられたい。
その山田氏がプログラムで、〈ラ・カージュ〉のテーマについてこう書いている。

「倦怠期を迎えた夫婦に訪れた一触即発の危機」

これは興行の宣伝にも用いられた文句だが、私はちょっと違う、と思う。
同じくプログラムには脚本家・ハーヴェイ・ファイアスティンの言葉も転載されている。
そこには〈ラ・カージュ〉を「一篇のラブ・ストーリー」としながらも、

「息子の思慮のなさから、20年間続いた結婚生活が崩壊しかけるというお話」

と言い切っている。
山田も続けるように、このミュージカルは「愛」のドラマであると同時に、「対立といさかい」のドラマでもある。
その、「対立といさかい」の構図が、日本版だと弱い。

たとえば、第2幕で依然としてアルバンに対する憤懣を漏らすジャン・ミッシェルに対し、ジョルジュは感動的なナンバー「見てごらん'Look Over There' 」を歌って諭すのだが、山田演出では息子と距離を保ちつつ、慈父として包容力のある温かさをもってこれを歌う。
が、ニューヨーク版では(この型が常に厳守されたとは限らないが)、ジョルジュは厳しい面持ちでジャン・ミッシェルを見据え、'Look Over There' の'Look'を告発するようにかなり強く吐き出しざま息子の肩を突き、アルバンに向かせる。
この父子対立の厳格さ。
この厳しさがあったほうが、後刻すべてを悟ったジャン・ミッシェルがひと回り大きな大人になって改心し、ホモ・ファビアのダンドン議員の罵声に対抗して「いいえ!!彼は、僕の母親です!」と明言、アルバンに許しを乞う件がいっそう深く胸を打つだろうと思う。

とはいえ、これは山田の誤読ではあるまい。
恐らく、日本の観客の嗜好を熟知したがゆえの判断だろう。
わが国のミュージカルの観客の多くは、役の本質をえぐり出す演劇的な演出よりも、役者のキャラクターを活かしたショー的な演出を好む傾向があるように思われる。

というのも、今回ジャン・ミッシェルを初役で演じた原田優一についての否定的評価が散見されたからである。
原田は高く澄んだ良く伸びる声で万全の歌唱力に加え、演技力にも優れた快演だったが、「自己中心的に過ぎ、鷹揚さが欠けて冷たく見えた」とする意見が一部であった。

たとえば、第1幕で登場、出し抜けにアンヌとの結婚を宣言し(「アンヌと腕を'With Anne on My Arm'」は原田のテノールがまことに美しく響く好ナンバー)、父・ジョルジュに甘え、一日だけとの約束とはいえアルバンの排除を申し入れる件で、何も知らず入ってきたアルバンに向かい、「アルバン、ごめんね♪」と乾いた顔でニコリと軽く言い捨て舞台上手に入る原田の、憎らしいほどの素っ気なさと身勝手さ。

私は、この「冷たさ」こそジャン・ミッシェルの「性根」だと思う。

生まれて初めて、結婚まで思い詰めた女に出会い、どんな困難を排しても思いを貫こうと思う24歳の若者は、肉親だって友人だって国家だって良識だって擲つに相違ない。
エディット・ピアフの歌う'Hymne à l'amour'の如く、それが恋の暴力というものである。
この自己中心的で浅はかな忘恩の若者をさえ、最後は改心させてしまう「愛」。
それがアルバンの、すべての俗情を焼き尽くしても止まず燃え上がる、強大な自己犠牲と自己主張の「愛」なのだ。
その熾烈な力を際立たせるためにも、ジャン・ミッシェルは父親と鋭く対立し、自己中心的で冷たくさえ見える必要がある。
これがストレート・プレイだったら、こう演出しないわけにはゆかないはずだ。

私がミュージカル'La Cage aux Folles'を愛してやまないのは、こうした劇的構造が「孤=個の尊厳」という思想を支え、その上に立った深い「愛」を語って尽きないからである。
ジェリー・ハーマン至高の名曲の数々は、ドラマと不即不離のかたちで強固な世界をなしている。
善きにつけ悪しきにつけ融和を事とし、全能の神と一対一の契約をなす思想がない日本人にとって、「孤=個の尊厳」という発想は本質的に欠けているのかもしれない。

今回のカンパニーの和気藹々として温かな雰囲気は楽屋・舞台から客席にまで溢れ出て、強い感動を呼び覚ました。
が、現実は本来もっとシビアなものだろう。

一人に当たるスポット・ライトは、他の多くを闇に沈める。
その中に渦巻く嫉視と憎悪の感情。
こうしたことまで、本来この作品には描き込まれている。
しかし、そうした「負の側面」を今回の舞台から感ずることは皆無だった。
これも、ミュージカルとしては「正解」なのだろう。が、演劇としてはどうか。

絶大なる感動を呼んだ市村正親のきわめて優れた女形藝について、その意味ではあえて別の側面からの見直しもできると思う。

と続けるうちに、予想を超えてあまりに字数を費やした。
ひとまず擱筆し、後日改めて機会があれば論じたいと思う。

2012年2月 1日 | その他批評 | 記事URL

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