批評

2012年7月の能・狂言

2012年7月22日(日) 午後1時 第6回西村同門会研究能 名古屋能楽堂
◆能〈藍染川 供養留〉
シテ(梅千代の母):本田光洋/子方:金春嘉織/ワキ:飯冨雅介/ワキツレ(左近尉):原大、(太刀持):原陸/アイ:今枝郁雄/笛:大野誠/小鼓:後藤嘉津幸/大鼓:河村眞之介/地頭:金春安明
◆高安流脇仕舞〈春榮〉小林努/〈和布刈〉有松遼一/〈羅生門〉椙元正樹

高安流ワキ方の研究公演として無料開放の催し。子供たちや学生など素人の仕舞等をも交えた番組中のメインは、ワキ方の活躍する能の中で〈張良〉〈羅生門〉〈谷行〉〈檀風〉と並ぶ大曲でありながら極度に上演の機会が少ない〈藍染川〉、しかもシテ方金春流を立てたところが更に珍しく、加えて小書「供養留」という実に凝った企画である。

西村同門会代表・飯富雅介が大役のワキ、太宰府の神主・菅原頼澄を勤めた。
これは不躾ながら正直、望外の掘り出しものだった。

先に藝評を加えると、飯富は響きの豊かな謡がなかなかの名調。風采も立派で押し出しが良い上、実に情が厚く、子方に対して冷たい感じは皆無。特に良かったのがクセ。正先の出シ小袖=梅壺侍従の死骸に親しく向かって瞑目、細かな心持ちを示す型に深い哀惜の心が籠っていた点。あたりを払う藝品には不足していたかもしれないが、地方実力者らしい卑近な土の匂いが添うていたのがこの役にふさわしかった。ほかを仔細に見ても、手順や型をよく調べて身に着けたらしく仕事すべてに実(ジツ)があって、持ち味や人柄や功名心だけでごまかした藝ではないことが分かる。

番組には予告されていなかった演能解説があり、担当の村瀬和子さんがおっしゃっていたように、後シテが出ないこの小書はワキのノットも省かれ本来の作意たる死者蘇生の奇跡は起きず、確かに「残念なこと」ではある。
ただ、太鼓方と作り物の必要が省かれる点で経済的という理由もあったかもしれないが、逆にこのような純粋な研究公演でなければこんな小書は一生見られなかったに違いなく、とにかく貴重な機会でありがたかった。
こうしたもろもろの贔屓目で見なくても充分に立派な、今日の飯富の好演は嬉しい。

金春嘉織の子方・梅千代が大出来。
とにかくキチンとしている。出のシテとの連吟も調子が揃い、無駄に動かず居ずまい端正、何より美事なことに視線がブレていない。ちょっと生真面目すぎるほど良く稽古し、心得た子方で、100点満点だ。
今の内にできるだけ多くの大舞台を踏ませてやりたいと、切に思う。

地謡は6人だったが家元の地頭がシッカリ謡いこなして非力な感じはない。原大の勤めた左近尉も大役だが、神主夫人に言われて梅壺侍従を追い払うのも職務ならば、夫人の話と違う神主の命令に唯々諾々と従うのも職務で、その両方に真実味がある上、梅千代への篤い同情心が前面に出て、好サポートだった。
これらの中で沈没の危険があるシテ・本田光洋は、持ち前の謡の力(牛のような金春流の発声でも言葉がちゃんと分かる)で冒頭から飽きさせない。文をハラリと捨てることで示す入水の段でも唐突に型をするのでなく、宿から追放される件から面をクモラせぎみに決意の腹を周到に匂わせ、子方を伴いつつ正先の川面にシカと心を付けて刻一刻と迫る悲劇を予測させるなど、巧い。

以下、演出等について記録・論評を加えたい。

2012年7月18日(水) 午後6時半 国立能楽堂定例公演
◆狂言〈秀句傘〉
シテ:山本泰太郎/アド(太郎冠者)山本則秀、(新参者)山本則孝
◆能〈鵺 白頭〉
シテ:友枝昭世/ワキ:福王茂十郎/アイ:山本東次郎/笛:一噌庸二/小鼓:林吉兵衛/大鼓:亀井忠雄/太鼓:観世元伯/地頭:香川靖嗣

2012年7月16日(月)午後1時 座・SQUARE第15回公演 国立能楽堂
◆能〈小袖曽我〉
シテ:井上貴覚/ツレ(五郎):山井綱雄、(母):辻井八郎、(太刀持)中村昌弘・大塚龍一郎/アイ:竹山悠樹/笛:一噌幸弘/小鼓:大倉源次郎/大鼓:亀井廣忠/地頭: 金春安明
◆狂言〈入間川〉
シテ:野村萬斎/アド(入間某):石田幸雄、(太郎冠者):月崎晴夫
◆能〈砧〉 
シテ:高橋忍/ツレ:辻井八郎/ワキ:森常好/ワキツレ:舘田善博/アイ:石田幸雄/笛:一噌庸二/小鼓:鵜澤洋太郎/大鼓:安福光雄/太鼓:吉谷潔/地頭:本田光洋

2012年7月15日(日)午後2時 第1回あふさか能 大槻能楽堂
◆〈翁〉
翁:上野朝義/千歳:大西礼久/三番三:善竹忠一郎/面箱:善竹隆司/笛:赤井啓三/小鼓頭取:久田舜一郎、脇鼓:清水晧祐・荒木建作/大鼓:山本哲也/太鼓:上田慎也/地頭:波多野晋
◆〈高砂 八段之舞〉
シテ:山本章弘/ツレ:林本大/ワキ:福王知登/ワキツレ:広谷和夫・中村宜成/アイ:善竹忠重
◆狂言〈三本柱〉
シテ:善竹隆司/アド(太郎冠者)善竹隆平・(次郎冠者)善竹忠亮・(三郎冠者)上吉川徹
◆能〈戀重荷〉
シテ:大槻文藏/ツレ:梅若猶義/ワキ:福王茂十郎/アイ:小笠原匡/笛:野口傳之輔/小鼓:荒木賀光/大鼓:山本孝/太鼓:上田悟/地頭:赤松禎英

「大阪を代表する能楽師オールスター公演!」とチラシに銘打ち、能楽協会大阪支部が主催した普及公演の第1回に、翁付脇能脇狂言の連続上演を据えた意欲をまず買いたい。暑中東京から足を運んだのも、大阪中心の演者で統一した番組の潔さに惹かれたため。

と同時に、通して3時間はわずかに切ったとはいえ、ふだん能・狂言にあまり接しない観客をも含めて「翁付」にどういったメッセージ性があるか、再考の余地もあろう。土地柄、客席に文楽人の姿も見えていたけれども、大阪市助成金廃止騒動の蔭で東西ともに絶滅しかけている「時代物浄瑠璃の完全な五段通し上演」が演劇的意義を貫く正統であるのに対し、「翁付脇能脇狂言の連続上演」に(個人的にはこれを評価するものの)演劇的意義はほとんどない、あくまで儀礼的な演式だからである。
大づかみなことを言うならば、私は、一般に能を広く深く知ってもらおうとする時に最も優先すべきことは、役者のスター性でもなければ能の藝能性・民俗性でもない、「現代に生きる古典演劇としての魅力」ただひとつに尽きる、と思っている。

以下、注文ばかりだが、気付いたことを列記したい。

〈三番三〉揉ノ段が終わったあと、地謡(脇能まで同一メンバー)が切戸口から一度退場したのはよくない。休憩だろうか。太鼓方は黙って脇狂言まで坐り続けているのである。
〈翁〉が済み、作リ物が持ち出されると、常の真ノ次第を打ち出し〈高砂〉に移行した。「翁付」だもの、せめて音取置鼓は演奏してほしいところ(東京の脇宝生だと礼ワキを常とするが「それは特別の大能に限る演式」として避けた今回の見識を尊重しつつ、それでも音取置鼓だけは省けまいと私は考える)。半面、シテの出の真ノ一声の越ノ段を省いたのはやむを得まい。ちなみに、後場の出端は越ノ段を入れてカシラ数五三二。シテが幕際に出て太鼓カシラ一つ入れてスリツケる(俗称「袖スリ」)のは翁付独特の演式で、実は見どころ、聴きどころである。

山本章弘のシテには鷹揚な脇能らしい明るい大きさがあると同時に、動きが放恣に流れる傾向があり注意したい。書法に譬えると「トメ・ハネ」が効いていないので、前場初同の動きでも、止まりきらず、動ききらず、全体が流れるために弱く見える。もっとも、サシコミ、ヒラク、細部のケジメばかりを際立たせたらセセコマシクなるのであって、「四海波靜かにて」と動き始めてから「君の惠ぞありがたき」で終わるまで一息で動き抜く緊張と力感がいっぱいに内在している必要を思う。先述「袖スリ」で動き出す瞬発力に欠けたのもこの「トメ・ハネ」が効かないためである。

脇狂言まで通して見ると、過半の演者に総じて言えることは、イッパイになって覇気がある半面、余力が不足、あるいはほとんど感じられない箇所が見て取れたこと。すべてを出しきって内に溜める力を欠くと、殊にこうした演式では、全体が暴走に終始しかねない。粗暴さが熱演と観客に勘違いされないよう努めるのは大所帯の演能では相当にむつかしかろうが、長い目で見て真の普及・啓蒙は能役者たちの内的緊張いかんに懸かっていると、私は考えたい。

〈戀重荷〉は2010年に私が作成した新演出に基づく上演。昨年の東京に続き三演目。今回はじめて大槻氏にすべて委ね、あえて事前に検分しなかった。回を重ね、より良いものにして貰えれば幸いである。
※ちなみに、パンフレット掲載の大槻氏へのインタビュー質問に「今回の『恋重荷』は、古演出と言う形で演じられます」とあったが、これは質問子の誤解である。妙佐本の「古演出」は参考にはしたものの、愚案は大半が創作であり、「古演出」ではない。

ということで詳評は別の機会に譲るが、大槻のシテははじめちょっと気迫不足が案じられたもののすぐに持ち直した。前場ロンギの最後で右膝をハタ打って重荷をサシ、これが持てぬ憤懣を激しく示してから「あはれてふ、言だになくは何をさて、戀の亂れの、束ね緒も絶え果てぬ」謡う内、正先の重荷を激しく見込んでいた姿態が崩れ、茫然と正面を向き、放心の表情をあらわにするまで、まるで生きながら腐爛し崩れてゆくように面と全身の表情が醜く凄く変わってゆくさまが圧巻。
後シテがツレを一ノ松までつけ回す二段の立回リに続き「衆合地獄の重き苦しみ」で重荷を片手で取ってツレの肩に圧し当てる型のあと、これまでは後見が重荷を戻していたのを、今回はシテ自身が置き直した。私が当初想定していたやり方ながら今回はじめて見ると、ここでシテが早くもツレを赦したように見える気がした。なかなか難しい、単純にはゆかない部分と再認識した次第。

療養中だった山本孝が復帰、引き締まった大鼓を聴かせてくれたのは嬉しい。
地謡の前場ロンギとアイの立チシャベリと、もっとズカズカと進めたほうがよかっただろう。常の〈戀重荷〉は内実に根ざすより習物曲としての扱いが重すぎると私は思う。

さて、この日ご覧になった方々の目に、この〈戀重荷〉はどう映っただろうか?

2012年7月13日(金)午後6時 銕仙会7月定期公演 宝生能楽堂
◆能〈浮舟 彩色〉
シテ:山本順之/ワキ:工藤和哉/アイ:高澤祐介/笛:藤田朝太郎/小鼓:田邊恭資/大鼓:安福建雄/地頭:浅見真州
◆能〈天鼓 弄鼓之舞〉
シテ:小早川修/ワキ:福王和幸/アイ:前田晃一/笛:藤田貴寛/小鼓:古賀裕己/大鼓:亀井實/太鼓:小寺眞佐人/地謡:西村高夫

山本順之の〈浮舟〉がすばらしい。

前シテの一声の出の、後場イロエにも通ずる、影のようにノリを消したハコビの周到さ。舟の作リ物の艫に立った立ち姿の陰翳。甫閑の増を掛けたが、この面打ちが得意とする紙彩色特有の(光沢を消した)マットな白肌に茫として泛ぶ寂しい表情は、意図的に終始クモリがちに設定した面の当て具合が的確に生きた成果。浮舟の悲恋を語るクセで長いこと舞台中央に坐しても、このうつ向いた面の表情は少しも死んではいない。この前後、特に中入前「悩む事なんある身なり」で居立ったままワキを見込むあたり、「物語る身体」の真骨頂を順之は見せた。

後シテは水際立った謡の巧さ。「亡き影の絶えぬも同じ涙川」とイキを下につけて決して上ずらないままコトバ明瞭に続けた美事な調子は、並々の役者には作れないだろう。「いざなひ行くと思ひしより」の後に入るイロエで一ノ松から舞台に入り小さく一周、大小前に立って「心も空になりはてゝ」と謡い継ぐまで(カケリは抜ける)、魂の彷徨というべきハコビを見せたが、狂気に近い高いテンションもまたそこには静かに内在している。型沢山のキリの中で「明けては出づる日の影を」と角手前で抱エ扇した姿の良さ。腰がシッカリ入り、上体が強靭なのと同時に、扇はゆったり柔らかく持って腕に凝りがない。お手本とも言うべき身体である。

造形的な主な見どころ・聴きどころは以上の点なのだが、「思ひのまゝに執心晴れて、兜卒に生まるゝ嬉しきと」で〈江口〉の「普賢菩薩と現はれ」と同じユウケン、そのあとヨセイといったあたりは(そのまま横板で高くサシ、淡々と三ノ松に流れ正面にヒラキ、右ウケ留拍子)、たとえば浅見眞州や梅若玄祥ならば、必ずもっと雰囲気を感じさせる柔和な振リとして演ずるだろう。順之はこうした部分むしろ素っ気ない。それは藝風の差というべきものだ。
古今の名歌の多くは雰囲気だけに頼らない。文法・用語ともによくよく考え抜いて詠まれるものである。規矩準縄な挙措進退、謡技自在な順之の身体から、ほの暗い『源氏物語』の女の情念が消し難く匂い立ったが、その匂いも色彩も冷徹な抽象の感覚である。甘やかに霞む情感ばかりを先物買い的に求めるのは筋違いというものだ。

装束は、前シテが水浅黄の水衣、白地金青海波の摺箔に色楓刺繍の腰巻。作リ物の柴舟(舳の地謡側に柴付)は脇正面にまっすぐ置いた。紺緞(色ナシの紅緞)ですべてを巻いたが、これは白のボウジ(作リ物の骨竹を巻く包帯状の白木綿)のほうが良かった。紺緞には白ボウジほどの抽象性がないからである。
後シテは早大演劇博物館蔵の伝河内の十寸髪(寿夫も使った名品で、前回先代銕之丞がこの能で掛けてからでも20年以上経っていよう)。白地の時代摺箔はやはり寿夫や静夫が〈三輪 素囃子〉などで使った腰巻だけに裏地の緋色が袖口にちょっと覗くが、緋大口モギドウなのでこれと映発して気にならない。面の左右に付髪を垂らし、前後とも十全の扮装。

ちょっと気になったのは田邊恭資の小鼓。声も音色もなかなか有望な半面、8拍目を機械のようにそっけなく打つ癖があって、地謡のアヤが失せる。これは実は難しいことである。
まっすぐ打つのが囃子の基本。余計な表情をつけるほど嫌らしいものはない。とはいえ、ただ定間(じょうま)で通すのは大禁物。一句ごとの最後をどう打ち納めつつ無理なく一番をまとめるか、悪達者にならないよう今後の研究が肝要。

身体造形の美事な順之のあとだけに〈天鼓〉は分が悪く、小早川のシテは動こうと思って無理に動いている感が最後まで払拭されず、盤渉楽のノリもよくない。小書ゆえ前シテは呼出シになったと同時に、地謡はサシまで謡いクセは抜いた。
この地謡がなかなか結構。西村の地頭、清水寛二の副地頭、鵜澤久、柴田稔と揃った後列は、前場の次第などドッシリと、口先だけでない内実がある。続くサシも句末にほとんどヒキを入れず、淡々とコトバを語りなしてゆく工夫が生き、開口も汚くなく静かで、腹にイキを据えようとする意図が窺える。まだ完成途上といった取り組みだが、6月末の〈姨捨〉で感じた恣意的な危うさはこの地謡にはまったくなかった。

2012年7月1日(日) 午前11時 観世会7月定期能 観世能楽堂
◆能〈通小町 雨夜之傳〉
シテ:片山幽雪/ツレ:浅見重好/ワキ:宝生欣哉/笛:一噌仙幸/小鼓:大倉源次郎/大鼓:國川純/地頭:関根祥六

全曲70分余にわたって沈滞した空気が堪え難い。
地頭・祥六の謡を後列のベテラン、前列の若手、ともに活かせず、責任の所在が不明瞭なことが原因の一つ。口先で何やらモゴモゴ一緒になって合唱が聞こえるうち、能は終わってしまった。

幽雪のシテも存在感が希薄。
造形面で言えば最後に近く「蓑をも脱ぎ捨て」でイッパイになってユウケンした大きさがこの人らしい良さだったが、内的な充実感で見る者に肉薄する感じがほとんどなかった。

深井?に黒のヨレ水衣と茶色腰巻のツレは中入し、小面に朱色唐織着流で出る。小柄な浅見重好は、同じく小柄な幽雪と背格好の釣り合いで配役された側面もあるだろう。開口と謡いぶりが粗く聴こえるのは、コトバの開口を喉で拡声するためだろうか。いずれにせよ、もっときめ細かくありたい。

能が始まる前、席が近かった古藤文三さんと話していたら、古藤さん曰く「むかし幸祥光に、『若手の大鼓を相手したが、キリの打切で気を変えずガムシャラに打ち続けられたのには困った』とボヤかれました」。
この能の最後「衣紋氣高く引きつくろひ」のあとには特別な打切(大鼓と小鼓による間奏)が入る。常の打切とは譜も違う。以後、唐突な成仏に向けて舞台の空気が一変するところに〈通小町〉の真価が示される、大切な打切である。

この日のこの部分、何ということもなく過ぎた。替ノ打切の前も後も、ほとんど気が変わっていなかったようだ。
逢ったこともない名人にあの世から能の見かたを注意されたような気がして、われながら可笑しかった。

2012年7月22日 | 能・狂言批評 | 記事URL

このページの先頭へ

©Murakami Tatau All Rights Reserved.