2011/1/6 天王寺屋出棺 | 好雪録

2011/1/6 天王寺屋出棺

新橋演舞場の昼の部〈妹背山〉が終わってロビーに出ると、外に人だかりがしている。見れば、亡くなった富十郎の霊柩車が駐車、劇場に別れを告げているのだった。

夜の部に出勤の嗣子・鷹之資は紋付袴姿でこれを見送り、たくさんの観客が合掌する中、天王寺屋は去って行った。
感動的な光景だった。

小劇団の芝居も嫌いではないので、合間を縫ってなるべく見るようにしている。世間的には無名の、半素半玄のような役者にも、キラリと光る何かがあれば熱心なファンがついているものだ。

小劇団は基本的に新作を演ずるもので、いくら評判が良くても再演はまず試みられない。そうした芝居を主に見る学生と先日話していた。
「せっかくセリフを憶えても、役者はその都度だから大変。たまには同じ出し物を出せば良いのにね」と言うと、「そんなことしたら、誰も見に行きませんよ」と呆れられた。

つまり、「いくら良い出し物でも、一度見たらすることが分かってしまって面白くない。役者の魅力とこれとは、また別だ」ということらしい。
したがって、小劇団の役者たちは永遠に新作台本を憶え続けなければならない運命にある。

反復上演が当然の古典演劇と、どれほど異なっていることだろう。

天王寺屋の出棺を見送りつつ、生前の舞台姿を思い出していた人々こそ、歌舞伎を支えてゆく人々である。年に1度歌舞伎を見る人を120人作るより、毎月欠かさず足を運ぶ人を10人作るほうが難しい。毎月欠かさず足を運ぶ人が増えれば増えるだけ、その目にさらされる舞台のレベルも上がるに相違ない。

過去の名優を見た人が、それを見なかった人に語り伝え、舞台の記憶が人から人へ受け継がれる。それによって、歌舞伎の質は保たれよう。
これは能や狂言、そのほか古典演劇・舞台藝能すべてについて言えることである。

富十郎の舞台が、いついつまでも人びとによって語り伝えられることを祈ってやまない。

2011年1月 7日 | 記事URL

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