好雪録

平成29年/2017年の能・狂言「心に残る舞台」

1年とは早いもの。
またこうして回顧の時節が到来した。

2017年(平成29年)に私が見た能・狂言の総公演数は79公演。他ジャンルで見聴きした舞台は(能・狂言を除き)延べ168公演。合わせて総数247公演。1ヶ月の間に見た数としては10月が最多の32公演だった。

さて、平成29年/2017年、私の心に残る(「特に優れていた」と考える)能・狂言の舞台を数え挙げてみよう。(日付順)

1)塩津哲生・大槻文蔵〈樒天狗〉 2月11日/清能会・塩津能の會(喜多能楽堂)
2)観世清和〈砧 梓之出2月25日/大槻能楽堂自主公演
3)野村萬〈八句連歌〉 3月1日/国立能楽堂定例公演
4)大槻文藏〈實方〉 4月15日/大槻能楽堂自主公演
5)浅見真州〈江口〉 5月20日/横浜能楽堂定例公演
6)梅若万三郎〈雲林院〉 5月28日/京都観世会(京都観世会館)
7)梅若万三郎〈頼政〉 7月22日/大槻能楽堂自主公演
8)大槻文蔵 〈定家〉 8月26日/TTR能プロジェクト(大槻能楽堂)
9)梅若万三郎〈楊貴妃 干之掛9月13日/東京囃子科協議会(国立能楽堂)
10)大槻文藏〈姨捨 弄月之舞9月24日/野口亮能と囃子の会(大槻能楽堂)
11)塩津哲生〈檜垣〉 10月7日/清能会・塩津能の會(喜多能楽堂)
12)野村万作〈牛盗人〉 11月22日/万作を観る会(国立能楽堂)
13)鵜澤久〈檜垣〉 12月24日/鵜澤久の会(宝生能楽堂)

2月22日、観世流の大長老・関根祥雪が亡くなった。晩年急速に衰えた最期に、まさに巨樹の倒れるかのような喪失感を思う。逸材の嗣子を先立てた不幸は独り祥雪の不幸ではない。が、祥雪の背筋の徹った至藝が、あたかも近藤乾之助、片山幽雪と鼎立するかたちで平成後期の能藝の最高峰を示した壮観を、私は決して忘れることはないだろう。

その故人3名の後を継ぐかのように、いま能藝の最高の姿は梅若万三郎と大槻文藏の舞台に具現化されている。今年も彼らの舞台に圧巻を実感した。

大槻は8~9月の約1ヶ月の間に〈定家〉2度と〈姨捨〉〈卒都婆小町〉と大曲4回の頻演で、ご当人もいささか参られていたご様子だったが、シテ方で「関西唯一の人間国宝」の看板からしても断れない舞台も多いに相違ない。そうした一種の「お付き合い」もあろう中で特に舞った〈姨捨〉が、痩女の面を後シテに掛ける大胆な創意と相俟って絶大な感動を呼んだ。これは当然、先だって見せた〈定家〉の凄演と同じ路線上に位置するものである。
これはわたくしの演出によるものだから番外と考えて頂いてもよろしいのだが、塩津哲生の郁芳門院を向こうに回した〈樒天狗〉の大天狗といい、同じく新版復曲の〈實方〉といい、高い品位と寛やかな雅風の中に綺麗事で終わらぬ「業」のありようを追求する点において、当代、大槻文藏ほど切り込みの鋭い能役者はいない。

これに対して、梅若万三郎は一見「業」の暗鬱を退けた美麗の権化に見える。が、昨年も傑作を見せた〈楊貴妃〉(昨夏の観世会でこれを舞い終え楽屋に入った万三郎を、亡き関根祥雪は待ち構えるように迎えてその手を握り締め、つい今しがたの舞台を絶賛してやまなかったそうである)を仔細にみれば分かるように、万三郎の身体運用は、あれだけ厳しい文藏のしばしば上を行くものである。万三郎の艶冶の下に張り巡らされた細心と緊張の網の目に心づく人は、能とはかくまで心身を使い尽くすものかと驚くだろう。東京で、大阪で、近年何度も舞っている〈雲林院〉だが、見るたびに新鮮な発見があり、30年ぶり以上と思う〈頼政〉も無骨さ皆無でありながらひたすら強靭な精神の藝である。
2018年10月には梅若研能会90周年記念の〈姨捨〉が予定されている由。これは必見である。

「西の文藏・東の万三郎」に伍する同世代といえば浅見真州である。秋の代々木果迢会〈鵜飼 真如之月〉も良かったが、横浜での〈江口〉は心技体兼ね備わった圧巻だった。真州が万三郎・文藏に今一つ及ばない理由は身体のツメの甘さに一要因があるが、この〈江口〉でその弊は皆無だった。反面、自分の会で舞った〈鐘巻〉(私も一度、復曲・演出に関わった立場で言うと、この能は決して第一級の作品ではない)や銕仙会での〈富士太鼓 現之楽〉など、自分が能に寄るよりもむしろ能を自分に引き寄せるような強引な舞台がまだ見られる。これがなくなった時はじめて、浅見真州の真価が明らかになるのではなかろうか。
これら観世流70代の円熟した役者たちの後から、観世清和が追い駆けている。大阪での〈砧〉は、先代最期の演目ということもあってか暴走を抑えた静謐な舞台。清和にとって今後の指針となるべき何かを示し得たようだ。
また、鵜澤久が身を削って〈檜垣〉に対峙。女流云々という枠をようやく超えて、一人の舞台人が能そのものの美を強靭な謡と型によって美事に構築して見せたことは一種の偉業と称するに足る。
体調不良とはいえ塩津哲生の底力を見ないわけにはゆかない。明治以降喜多流で4度目の〈檜垣〉ことに後場クセの強靭な型扱いは〈樒天狗〉の郁芳門院に通底するものであり、どちらも女体でありながらあくまで「強さ」を基盤にする点、当今の能役者が失いかけている能の要諦を思い知らされた。
狂言では野村萬と万作の数ある中からそれぞれ「これぞ」という一つを挙げてみた。

最後に。
観世元伯の早世は幾たび悔やんでも悔やみきれない、一大痛恨事である。
残された師父・観世元信の胸中を察するにつけ、この老名手に逆縁の不幸、いたわしくてならない。
今後30年、観世元伯の力量は能楽囃子方にとって大きな拠りどころとなるはずであった。
今後30年、いや、50年、われわれは〈姨捨〉〈朝長 懺法〉の最高の打ち手を喪ったのだ。
彼自身の無念を思いやりつつ、今はただ冥福を祈る心で、今年の本稿を擱筆することにしたいと思う。

2017年12月31日 | 記事URL

平成28年/2016年の能・狂言「心に残る舞台」

多端に取り紛れ放置してしまった拙HPだが、一年の総括はとりあえず試みようと思う。

本年一年間に見ることを得た能・狂言の総公演数は88公演。精勤に努めたせいか前年に比べて11公演増えた。ちなみに他ジャンルを加えれば実見した舞台総数は(能・狂言を含め)延べ255公演。1ヶ月の間に見た公演数としては10月が最多の35公演だった。

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2016年12月31日 | 記事URL

2016/5/28 第4回清能会・塩津能の会〈弱法師〉演出新案

本日午後、喜多六平太記念能楽堂での「第4回清能会・塩津能の会」において、会主・塩津哲生氏の委嘱を受け、氏がシテを勤める能〈弱法師〉の演出新案を試みる機会を得た。
この能は世阿弥自筆本の転写本に基づく「古型復元」が幾度も試みられており、例えば、高安通俊をワキ方でなく狂言方が勤める、原文から類推されるツレ「俊徳丸の妻」を出す、ワキまたはワキツレとして(現行では登場しない)「天王寺の住僧」を出す......などの工夫が重ねられたが、正直なところみな「試演のための試演」に留まり、演劇的には錯誤としか言いようのない現行演出に勝るとは必ずしも言い難いものだった。

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2016年5月28日 | 記事URL

2016/5/26 国立能楽堂企画公演・復曲能〈菅丞相〉間狂言

本日開催の国立能楽堂企画公演「復曲再演の会」における拙作演出による復曲能〈菅丞相〉。おそらく室町時代の初演以来はじめての関東上演と思いますが、無事に終了致しました。国立能楽堂の当初予定ではわたくしが関わる予定はなかったのですが、その後の過程で予想外の委嘱を受け、私案を試みました。2002年の復興初演版とは異なりすべてにわたって新規の演出であります。高覧の向きは、よろしくご批正のほどを願い上げます。

今回上演に際し、[早鼓](この囃子事も今回新規の選択)で登場する間狂言・比叡山の能力は《立チシャベリ》とし、『狂言集成』所収の和泉流三宅派台本を参勘しつつも総じて新規に執筆しました。本日のアイは茂山正邦さん。実際には茂山家ならではの口調に合わせて細部の言い回し等は自在に言い換えて頂きましたので、実際の上演形は幾分異なりましたが(本日の所要時間はちょうど10分)、諸賢のご参考までに拙案の間狂言の原台本を以下、お示し申します。

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2016年5月26日 | 記事URL

2016/5/8 今月・拙作新演出の能3公演

今月たまたま委嘱が続き、私の手掛ける能の新案演出が3公演あります。
しかも月末4日間の内に断続・連続して集中。珍しいことであります。
ご興味の向きはよろしく高覧を願い上げます。

◆5月26日(木)13:00 東京・国立能楽堂
国立能楽堂企画公演「復曲再演の会」
 ★復曲能〈菅丞相〉 シテ:大槻文藏氏
2004年に復興初演された番外曲ですが、今回は全面的に新たな試案を制作。
囃子手附や大槻文藏氏による節付も一部変更し、間狂言も新規に執筆しました。
※この〈菅丞相〉新演出は年初予定に確定していなかったのですが、その後正式に委嘱を受け新案しました。私の独力による復曲・新演出として、これが8曲目となります(次項〈弱法師〉が9曲目、来年大阪での〈星〉が10曲目に繰り下がります)。

◆5月28日(土)14:00 東京・喜多六平太記念能楽堂
第4回清能会・塩津能の會
 ★能〈弱法師〉 シテ:塩津哲生氏
演出再考とはいえ世阿弥自筆本に拠るわけではなく、全体は喜多流現行版に準じつつ、
常の型だと気になるワキとシテの応対(最後に気づく前に延々と対面・対話する矛盾)解消のため、一部を間狂言(高澤祐介氏)とシテとの応接に替え、劇的整合性と演能の自然な流れを図ります。

◆5月29日(日)12:30 京都観世会館
片山幽雪師一周忌追善・第19回片山九郎右衛門後援会能
 ★復曲能〈墨染櫻〉 シテ:片山九郎右衛門氏
昨年2月の観世流での初演(シテ:大槻文蔵氏)に準ずるかたちで再演されます。
細部の運びや作リ物に多少の変更を加えるかも知れません。

2016年5月 8日 | 記事URL

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