批評

2011/1/8 梅若会定式能

平成23年1月8日(土)午後1時 梅若能樂學院會館
◆〈翁 弓矢立合〉 翁:梅若玄祥・梅若長左衛門・梅若紀彰
/千歳:山崎友正/三番三:山本則孝/面箱:山本凛太郎
◆能〈鶴龜〉 シテ:梅若玄祥/ツレ(鶴) :梅若紀彰/ツレ(龜): 梅若長左衛門
/ワキ:森常好/ワキツレ:舘田善博・森常太郎/アイ:山本則秀
笛:一噌隆之/小鼓頭取:曾和正博/脇鼓:曾和伊喜夫・曾和尚靖/大鼓:龜井廣忠/太鼓:小寺眞佐人/地頭:松山隆雄
◆狂言〈舟船〉 太郎冠者:山本則秀/主:山本則孝
◆能〈野守〉 シテ:川口晃平/ワキ:高井松男/アイ:山本凛太郎
/笛:槻宅聡/小鼓:觀世新九郎/大鼓:安福光雄/太鼓:梶谷英樹/地頭:山崎正道

旧臘に追善を兼ねた舞囃子の会で披露目があった梅若紀彰と梅若長左衛門の襲名を、三人翁と脇能(脇狂言は省略)で本格的に公示という趣向である。

何と言っても、外光が燦々と差し込む舞台面の美しさ。装束の金襴が輝き、役者の皮膚の色に生気が漲り、どんな色彩の洪水もけばけばしくなく照らし出す太陽光の下、〈翁〉と〈鶴亀〉を見る眼福。いかなる人工の照明も自然光には叶わない。これが舞台に差し入るよう設計されたのは、古びたとはいえ梅若の舞台ならではの徳である。

毎年交代で常の〈翁〉と弓矢立合、船立合を出す梅若会。熨斗目小格子厚板の着付に眞ノ太刀を佩いた翁3人が玄祥を頭に舞台正先に鼎立し平伏一礼すると、流石に壮観である。蓋を開けないものの面箱の渡御はある(翁帰リ後、揉ノ段の烏飛ビを過ぎると後見が面箱を開き、黒式尉面と鈴を取り出す)。翁ノ舞に替わる立合部分は脇鼓の尚靖が打ったが、これは頭取が打つのが本来だろう。弓矢立合に挿入される三人立ちのカケリは常の譜と型である。
※2011/1/9訂正。

翁3人、ホームグラウンドの舞台で多くの社中を前にとあって、その安定度は比類がない。玄祥の風格は他を圧する。

面箱の凛太郎は居ずまい正しく、見ているこちらまで清々とした気持ちになるが、ハコビが軽い。狂言方山本家の藝の価値は、足裏全体に気を掛けてグイ、グイとハコブ運足の力感にあるのだし、まだ半子供とはいえこれを教えて呑み込めぬ凛太郎ではあるまい。13歳で千歳を披いた友正は挙措進退に凛としたシマリが欲しいが、溌剌とした謡に張りがある。

父の喪中の則孝が三番三を勤めたのは、どうか。正月とて役者払底の事情は分かるものの、こうした点に禁忌がなくなると〈翁〉そのものの意義が消失しかねまい。

〈鶴亀〉は翁付。もっとも、常の狂言口開である。習事に精通した曾和正博が出ているのだから、せっかくならば置鼓が聞きたかった。

濃萌黄地に金亀甲※に鶴文様の狩衣、薄茶地に桐唐草文様の半切を身に着けた玄祥の玄宗皇帝は、威風の点で当代一だろう。出来ばえは尋常だが、この時もっともよく差し入った午後の陽光に照らされて、伸び伸びと舞いつのる玄祥の姿を見る愉悦感は無類。樂の冒頭は一畳台上の床几に掛かったまま所作、太鼓のキザミ以降舞台に降り立って舞ったが、いかにも感興に誘われて舞い出した風情で面白い。
※2011/1/9記述追加。

「五百重の錦」で幕を上げ地謡の内に無駄なく出たツレ2人が舞い興ずると、色調の異なる浅黄色の長絹(鶴)と単狩衣(亀)の内側まで照り曇りが出、織地が白大口に透けて翻る。この美感もまた人工照明では見られない。

めでたく麗かな淑気の横溢したひとときだった。

〈舟船〉は山本家の狂言として尋常とは言えるが、私は強い危機感を持った。
故則直のように初めから最後まで豪宕の気を貫ける役者、東次郎のように気を内向させつつ綾の巧みな藝で処理できる役者、どちらかでなければ山本家の藝風は所を得ない。
だが、今回の則秀も則孝も、実に表面的な謹直にとどまって、内的緊張の持続が欠落しているのだ(三番三での則孝もそうである)。

則直没し、東次郎ようやく老齢に至る今、山本家の後進たちはよほど気持ちを入れ替えて厳格な修業を積み直さないと、気迫も足らず中身も空しい虚藝に堕する危険がある。これが習い性となれば、「堅く守って滅びよ」という家訓が空手形となろう。

水原紫苑謹作の勅題小謡〈葉〉を玄祥以下職分の連吟、仕舞3番の後、〈野守〉。

よく玄祥の謡を写した川口はキビキビと真竹のような藝風が快いが、たとえば面を遣うにしても面だけが動いて上体が伴わないなど、型を局部的・外形的にこなす癖が付きかけているのは注意。動きごとに背筋や腰の緊張が伴うのが本当で、そのさまが露呈するくらい身を責めたほうが、若手の能としては伸びしろがあるものだ。
凛太郎の間語リを初めて聴いた。むろん声はまだ本物でないにせよ、居ずまいに乱れがなく実に気持が良い。間語リは山本家の藝の基礎である。少々の無理を押しても良いから、ドシドシ出勤し修養を積みたい。

2011年1月 9日 | 能・狂言批評 | 記事URL

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