2012/6/2 グルベローヴァ最後の来日公演 | 好雪録

2012/6/2 グルベローヴァ最後の来日公演

今秋8度目の来日を果たすヴィーン国立歌劇場公演の演目として紆余曲折の末に残ったドニゼッティの名作〈アンナ・ボレーナ〉。歳末には66歳を迎えるエディタ・グルベローヴァが主演する。
グルベローヴァは今回この役をもって日本告別のパフォーマンスとし、爾後、重ねて来日はしない由、明言した。

なんとも潔い発言である。

グルベローヴァについては、そのうち改めて考えなければならないと思っている。
私がある程度定期的に海外に出てオペラを聴くよう努めるようになった、その動機のひとつには、彼女の舞台に接するという大きな目的があった。

日本とヴィーンとで、これまでに〈ルチーア〉〈シャモニーのリンダ〉〈ロベルト・デヴェリュー〉〈ノルマ〉〈清教徒〉〈ナクソス島のアリアドネ〉と、それぞれ複数回を含めて聴き続けた体験は、彼女の藝について多くを知り多くを考える得難い機会であり、楽しみだった。

グルベローヴァの完全引退は68歳の2015年冬、アン・デア・ヴィーン劇場での新制作演目〈異国の女〉。このベッリーニの稀曲を彼女は初役でこの夏から試験的に舞台に上げ、3年懸けて引退披露演目にまで仕上げるのである。
ドイツ語圏で圧倒的な支持と尊敬を受ける彼女にして、ミュンヒェンやヴィーンの格式高いシュターツオパーでなく、由緒はあっても音響の悪い実験小屋テアター・アン・デア・ヴィーン(何せ劇場前は市場だ)でキャリアの最後を迎えるとは、こうしたところにグルベローヴァの気性、さらに言えば藝術的姿勢がハッキリ顕われているようだ。
こんなふうだから、1980年の初来日以来、32年間にも亙り世界第二の支持圏となり続けたわが国でキャリアを終えるに当たっても、インタヴュー記事を読む限り彼女の口吻は至ってドライなのは面白い。

1957年、マリア・カラスによるスカラ座の蘇演が空前の話題を呼んだ〈アンナ・ボレーナ〉はヘンリー8世2番目の妻でエリザベス1世の母アン・ブーリンの悲劇を仕組んだチューダー王朝物で、これまでに日本で2度、本格上演がなされている。1982年7月の林康子による藤原歌劇団公演、2007年1月のテオドッシュウによるベルガモ・ドニゼッティ歌劇場来日公演、そのどちらも私は見ているけれども、本邦初演の30年前、よもや、グルベローヴァがこの曲を日本で歌う日を迎えるとは予想だにしなかった。
本当は、このアンナ役を歌いこなすには高音域と共に中低音がシッカリしていないと歌が締まらず、その点、音域が高止まりしがちのグルベローヴァにとって昔から最適の演目とは言い難いのだ。その意味では、エリザベス1世老残の晩年を描く、プリマドンナ・オペラの中では極めて珍しい「老女物」、昨秋のバイエルンオペラ来日で予想通りの凄演を見せた〈ロベルト・デヴェリュー〉こそ、いまの彼女には色々な意味で最適なのだが、これは前回のヴィーンオペラ来日時に演奏会形式で披露済みである。

そうした中、海外でも既に衣裳付きの本格舞台では歌わなくなっていた〈アンナ・ボレーナ〉(ヴィーンオペラの演目自体としてもネトレプコ人気に押された昨年4月の新制作が1868年開場このかた初の上演だったのだ)を、いったんは出勤を拒絶したものの、ついには引き受け、「わざわざ」極東の日本でこれを歌い、舞台を退く、グルベローヴァの心意気は諒とすべきかと思う。

本日から一般発売が始まっている由。
お志の方は、お早めに。

2012年6月 2日 | 記事URL

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