2012/7/18 車窓の山百合 | 好雪録

2012/7/18 車窓の山百合

連載中の茶道誌『孤峰』の今月号に、歌右衛門の〈桐一葉~大坂城奥殿寝所密訴の場〉淀の方に事寄せて百合のはなしを綴ったのだが、このところ、関東ではちょうど山百合が開き始めた。
神奈川県の県花が山百合であり、むかしは野山によく見られ、花容の大々として芳香高く、夏草に秀でて目立っていた。近年は園藝目的の乱獲によって激減している。

ここでちょっと申し添えたい。
もし山採りで百合を移植しようとお考えの向きがあったら、お止め願いたい。
いや、道義的なことではなく、それ以前に、まず家庭では根付かず、消えてしまいます。

山百合は水はけの良い清潔な土壌を好む。しばしば傾斜面に咲き下がっているのはそのためで、類縁の鹿の子百合などは「瀧百合」の別名があるほどだ。また「清潔な土壌」とは栄養分の少ない土地を言うので、庭園のようにともすると肥料夥多になる地質は合わないし、病気も出やすい。
加えて、百合の性質として球根が極めて深いところに埋まっている。野生百合の家庭栽培が失敗しやすい理由の一つに浅植えがあって、これだと百合の宿痾というべきウィルス病に罹りやすいのだ。
深植えも深植えでかなりの深さ、まず30センチは掘ったほうが良い思います。

私は在来の野生百合が好きなので、比較的強健な鹿の子百合は地植えにして楽しんでいるけれども、山百合は難しいからしょせん無理、育てたことはない。それだけに、ふと車窓から目に入るとハッと心躍るのを禁じ得ない。

以前は郊外電車に乗ると、線路脇の何でもないような場所にゆらりと白い大きな花が咲いていることがあった。保線で定期的に草を刈り、多くは斜面だから滞水がなく、百合には好適な場所なのだろう。それだけに人目にもつきやすく、一度盗掘されたら翌年からはニ度とそこには花が見られずガッカリ、ということが何度もあった。

そんなことを思いつつ、今日ふと車窓から目をやると、昨年までは気付かなかったそこここに、山百合の白い花がいくつも咲き続いているではないか。
実に、嬉しかった。
ユリ科の野生花は大抵が好きで、この時分の線路脇の名花といえば橙色が鮮烈な野萱草と藪萱草だが、これらは強健だからあまり珍しくはない。

球根が肥大すると花付きも良くなって却って風情を欠くけれども、株が若い頃の山百合は茎も細く花も軽快で、何とも言えない。群れ咲いていたのはそんな花々ばかりだったから、もしかしたら篤志の人が苦労して殖やした成果なのかもしれない。

冷房の効いた車内から一瞬にして飛び過ぎる風景の中、目の前に咲き乱れる山百合の強い香りが鼻腔をかすめた幻想に一瞬、酔ったような気がしたものだった。

2012年7月18日 | 記事URL

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