2012/8/24 ミュージカル〈レ・ミゼラブル〉新マリウス「田村良太」 | 好雪録

2012/8/24 ミュージカル〈レ・ミゼラブル〉新マリウス「田村良太」

のちほど時系列で遡って記しますが、去る21日(火)夜に路上で転倒し不慮の負傷。
別メディアで知られた一部の方にはご心配をお掛け致しました。
幸い、快方に向かっております。

私事はともあれ、表題は来年4月に帝国劇場で初日を迎えるミュージカル〈レ・ミゼラブル〉新演出版についてである。

一昨日の22日(水)朝刊に、あたかも青山劇場の〈ミス・サイゴン〉初日に合わせてようやく発表された配役を見、大きな失望の念を抱いた向きは多かったのではあるまいか。

主役であるべきジャン・バルジャンには追加キャストが予想されるものの、ニンと歌唱力とでこれまで万全と言われた役者はないだけに、今回もその成績はちょっと予想しがたい。以前は美貌の革命志士アンジョルラスで、最近は冷徹な警視ジャベールで、それぞれ令名を馳せていた藝達者・岡幸二郎の名が見えなくなったのはすこぶる物足りない。
そのほか、人によって「不満」の内実はさまざまあろう。過去からのリピーターが支えているミュージカル業界、しかも積年の愛好者が分厚い層をなす特別な作品である。これで地方を含めて7ヶ月の長期公演が果たして乗り切れるのか、東宝演劇部の見識をさえちょっと疑いたくなるのが正直なところだ。

さて。
私は〈レ・ミゼラブル〉諸役の中で、マリウス・ポンメルシーこそ枢要の大役だと考えている。

プロローグに登場するミリエル司教が、獄中で荒んだジャン・バルジャンを温かく迎え、その裏切りをも赦して「あなたの魂、私が買った!」と銀燭を授けるまでの音楽が、革命失敗し同志をすべて亡くしたマリウスが歌う俗称「カフェ・ソング」"Empty Chairs at Empty Tables" 絶唱のメロディーにそっくり再生されることだけでも(司教の音楽を「カフェ・ソング」の前置き引用と考えるのは順逆が正しくない)、その重要性は心得られる。
現時点でトリプル・キャストが発表されているから、よほどでない限りマリウスに追加はないだろう。三度目の山崎育三郎、二度目の原田優一、2人とも東宝ミュージカルの常連とて安定した成果が確信されるが、他に1名「??」、まったく見知らぬ若者が配役されていた。

それが「田村良太」である。

何も、私と本名が一字違いだから親近感を覚えた訳でもないのだけれど(潜在意識としてはあるかもしれない・笑)、これはまったく、オーディションを受け、勝ち残った人材であるに相違ない。アンサンブルからプリンシパルに出世したパターンでもどうやらないようだ。

これほどの名作、これほど脚光を浴びる花形役(歌舞伎ならば三浦之助か源太景季だ)、そこに「無名の若者」が登用されるともなれば、ブロードウェイだったらアメリカンドリームの体現者、もちろん成果第一とはいえ、「しっかりやれ!」との熱いエールが飛び交うだろう。

だが、「お馴染みのスターが」もてはやされる日本では、なかなかそうはゆかない。
マスコミの宣伝力を背景としない(つまり、所属事務所の人脈と資金力を持たない)、徒手空拳の新人は、大抵の場合、冷たいあしらいを受け、下手をするとその実力すら正統に評価されずに消え去ってゆくことがないとは言えない。
つまり、わが国のミュージカルの世界にブロードウェイ式の実力主義は、まだまだ根付いていないのである。

これは興行側だけの問題ではないと思う。
観客個々が、個人の確固たる価値観と意思表示をもって舞台や役者を選別する、厳しくも温かな態度、いわば演劇的「民度」が成熟していない顕われではなかろうか。

むろん、これは芝居の世界だけではない。
社会そのものの根源的な「民度」の問題に遠く繋がるものである。

と、こんなゴタクを並べていても、田村良太くんとは何人たるか、何一つ分かりはしない。
そこで、動画を検索したところ、彼みずから発信している歌唱披露の実況が見つかった。
http://www.youtube.com/watch?v=fHx8ciLXhj8

どうでしょう?

私は一聴し、「オッ!」と思った。
粗削りとはいえ、(これはマリウスにあまり必要ではないが)突き抜ける裏声が美しく、低音にも艶がある(これだと第2幕の結婚式でテナルディエに対して凄みが効く)。
最もすばらしいのは、声と身体から発する切れ味のよいリズム感がシャンパンの泡のように涌き立っているさま。
風采もまだ粗削りではあるが、これは稽古を積むうちに役と同化し、帝劇の楽屋風呂(←そんなものに入るのか?)で洗われるうちに、おのずとスターの光も添うだろう。
昭憲皇太后もお見通しのとおり(笑)、磨くことによってはじめて輝く原石である。

こちらはもっとハートフルな歌。
声の腰が強く、良く伸びる余力に、甘さに堕さない勁さがある。
http://www.youtube.com/watch?v=Vfw_bV2iyjw&feature=endscreen&NR=1

うん。
なかなかのものですよ。良太くん。

私は、彼のマリウスには賭けてみてもいいな、と思う気になった。
それだけのものを期待させる「何か」が、この短い動画には籠っている。

アイドルだ、他ジャンルだと、既成の名声を流用する配役も興行的には必要だろう。
けれども、舞台は実力第一、ミュージカルは歌唱力第一だと、私は信じたい。

その意味でも、「無名の新人」田村良太がこれから来年4月の初役の初日までにどれだけ成長し、優一、育三郎に伍する美事なマリウスを見せてくれるか、今から楽しみに待つことにしよう。

「戦う者の歌が聴こえるか?鼓動があのドラムと響き合えば、新たに熱い命が始まる!」
田村良太!負けるな!

2012年8月24日 | 記事URL

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