2012/10/5 絶滅に瀕する鵜殿の蘆~「雅楽存亡の危機」~ | 好雪録

2012/10/5 絶滅に瀕する鵜殿の蘆~「雅楽存亡の危機」~

表題の事柄は、一般にあまり知られていないが、
実は、大阪市の文楽補助金騒動とは比較にならないほどの忌々しき「大事件」である。

既にツイッター等でも別途お知らせした。
その文脈でここでも問題提起をしたいと思う。

既に8月、東京新聞で報道された「鵜殿の蘆」絶滅の危機について。

昨夜、宮内庁式部職楽部の懇意な知人とたまたま逢ったので現状をつぶさに訊ねた。
実に予断を許さない状況である。

大阪府高槻市の淀川河畔「鵜殿のヨシ原」は良質のアシ(ヨシ)の産地。
雅楽器・篳篥(ヒチリキ)の舌(リード)は蘆を用いて作るが、遠く平安朝以来、この「鵜殿の蘆」を無二の原料としている。
楽部では今もこの習慣を大切に保持している。

ちなみに主旋律を奏でる篳篥は、雅楽で最も枢要をなす管楽器。
他の管楽器と異なり篳篥は唐楽(左方の楽)にも高麗楽(右方の楽)にも神楽にも用いる。
このように汎用性の高い楽器はほかにない。
まさに、「篳篥が雅楽を支えている」わけである。

淀川河畔・鵜殿の地。
能〈江口〉の脇僧は「淀の川舟行末は、鵜殿の蘆のほの見えし」と謡って旅を続けている。
この歴史ある「鵜殿のヨシ原」には新名神高速道路の新設が決定されている。
現在、すでに橋脚1基を建設済みとのこと。

ここに道路が通れば淀川の水流や日照など周辺環境が激変する。
のみならず、良質の蘆の育成に欠かせない早春の「ヨシ原焼き」が不可能となって(煙害で交通が滞る)、必ずや「鵜殿の蘆」は絶滅するだろう。

これは雅楽にとって致命的打撃である。

昨夜、楽師氏との懇談で彼曰く「鵜殿保全の署名は集めたがなす術がない」とのこと。
彼が先日海外公演で在欧の古楽器演奏家と意見交換した際、たまたまこのことに触れたところ、「フランスでこんな文化破壊を伴う建設事業が起案されたら社会的大問題となり、たちまち撤回を迫られるであろう」と大変に驚かれた、とのこと。

「鵜殿ではない、他の土地の蘆でも良いではないか」との意見もあろう。
1000年以上もの長い間、なぜ「鵜殿の蘆に限る」とされてきたのか、それを科学的に証明することは殆ど不可能に近い。
だが、専門家には専門家にしか分からない繊細な感覚がある。
「経験と歴史がその価値を証明している」ということも、一つには言えるのではなかろうか。

三味線の撥も、そうである。
インド象の象牙に比べて、アフリカ象の象牙で作った撥は格段に劣る。
これも科学的には証明できまい。
だが、一度でも三味線を弾き覚え、丸撥を握った者であれば、その違いは歴然と分かる。
「象牙の撥ならば何象でも良い」とは、決してならない。
それが藝道というものだ。

私は篳篥を吹き習った経験はないけれども、ユネスコ登録の世界文化遺産であり国家の保護する重要無形文化財たる雅楽の、最も正統な継承団体・宮内庁式部職楽部が困却している事実は何よりも大きい。
「高速道路こそ優先課題。鵜殿ではない、他の土地の蘆でも良い」と簡単に決し去るのは、100年、いや1000年の計を過つ暴論であると私は信ずる。

蘆1本と侮るなかれ。
この蘆1本に雅楽1200年の精髄が宿っているのだ。

内閣改造直後、事態はどう変わるか予断を許さない。
国土交通大臣の命令一つで、明日からすぐに工事が再開されてもおかしくはない。
そうなれば「鵜殿の蘆」は滅び、雅楽の最も大切な「あるもの」もまた滅び去るだろう。

「鵜殿の蘆」を守るには、当地への建設中止以外の代案はない。

どうか、私たちの愛すべき大切な文化遺産であるすばらしい雅楽のため、「鵜殿ヨシ原に新名神高速道路を通してはならない」ということを広く知って頂き、このわずかな土地を現状のまま保全し、「鵜殿の蘆」を永く後世に伝えることができるよう、これを読まれた皆さまの色々なかたちでのお力添えを、伏してお願い申し上げます。

2012年10月 5日 | 記事URL

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