2012/12/18 新国立劇場バレエ〈シンデレラ〉 "Ugly Sisters"の山本隆之×高橋一輝 | 好雪録

2012/12/18 新国立劇場バレエ〈シンデレラ〉 "Ugly Sisters"の山本隆之×高橋一輝

新国立劇場の歳末は毎年交互にバレエ演目を入れ替えるのが恒例。今年は〈くるみ割り人形〉初演120周年だったが、それには頓着せず、プロコフィエフ作曲〈シンデレラ〉上演の順番である。

私は〈くるみ〉の全曲がとにかく大好きで、音盤だけ聴いていても飽きないほどだから、このバレエとなると本当に楽しみなのである。それがあるから、今まで〈シンデレラ〉に特別の愛着もなかったのだけれど、隔年に決まって見ているとそれなりの好感度は上がるものだ。今年改めて舞台に接するにつけ、〈くるみ〉ほどではないにせよ相当「好き」な演目になっていることに気付かされた。ソ連時代の社会背景もあってか、精妙な音楽の背後にロマン性を封じ込めている、その矛盾めいたむず痒さが面白い。

それにしても、ソビエトはプロコフィエフ〈シンデレラ〉を、イギリスは新国立劇場今シーズン開幕演目のブリテン〈ピーター・グライムス〉を、ともに大戦終結の1945年に初演している。
こんな余力を秘めた大国を敵に回して勝てるなんて、当時の日本人はなぜ信じていられたものか。今だからこそ呆れ果てるばかりである。

さて、日程タイトなため、今回はじめは〈シンデレラ〉は1度きりの鑑賞に決めていた。
が本日、無理な調整をして再見。
というのも、「シンデレラの義理の姉たち」に山本隆之と高橋一輝が出演したからである。

1948年イギリス初演のフレデリック・アシュトン振付版〈シンデレラ〉は、実は地味な作品である。主役であるシンデレラと王子の踊りそのものは第2幕のパ・ド・ドゥに見るばかり。同じように踊り場がそう豊かではない〈くるみ〉に比べてさえあっさりしている。
その代わり活躍するのが「義理の姉たち」だ。
初演の際は急な代役もあってアシュトン自ら長姉を演じ、この「女形」が後世も型になった。プログラム掲載の写真を見てもかなりカリカチュアライズされた醜女になっている。英語では役名も文字どおり"Ugly Sisters"(醜い姉妹)なのだ。

この日、次姉を演じた山本は新国立劇場プリンシパル。前回まで王子を踊っていたトップ・スターだ。加齢とともに肉体的な限界を迎え、さまざまな演目で王子役を勤めてきた彼にもそろそろ引退の潮時が迫っている。その彼ほどの立場と「王子キャラ」の持ち主が、よりによって"Ugly Sisters"を踊るとなれば、ファンとしては必ず見ておかなければなるまい。

もっとも、印象はいまひとつ。
特異な役柄だけによほど芝居心が弾けていないと面白くないし、技巧的にも至難。なにせ、ミュージカル〈ラ・カージュ・オ・フォール〉のカジェルよろしく、ヒールの高い靴を履き大仰なスカートで踊りまくるのだ。タイツ姿で身軽に踊ってきた男性舞踊手には無理難題に近い。
山本はソツなくこなしてはいたが、身体の表情がまだ希薄で、処々のふるまいがモロに「男」になっているのもご愛嬌。それに、付け鼻で表情を誇張しても、もともとが美形なのでその滑稽感があまり出ない。ならばむしろ、"Ugly Sisters"ではなく"Beautiful Sisters"に変えて、うんと綺麗な女装で出るのも一案だろう。
ともかく、彼が一天地を模索しているのは評価すべきである。まだ23日と24日に踊る機会があるから、ご興味の向きには一見をオススメしたい。

新国立劇場バレエ研修所第5期生・高橋一輝の妹娘登用は大抜擢。
彼は在所中から何となく目に付いていたので、私は発表会での舞台も見続け、本公演の端役での一挙手一投足にも注意してきた。
まだ駆け出しの彼が、バレエ団トップの山本と組むというのも異例だが、カーテンコールでは一瞬、シングルの答礼をしていたのが印象的。深紅の幕外に一人残ってお辞儀をするのは踊り手最高の栄誉である。私もちょっと感慨深かった。
ただし、踊りはまだまだ。身体の表情が硬く、役柄になるだけでも精一杯。今後第一線に残る気ならば、小柄で華奢な彼には女性舞踊手を支えて自らも華になる王子役は無理で(周知のとおりバレエの世界には、体格やニンによって規定され、個人がいくら努力しても超えられない規範が厳然としている)、八幡顕光のような道化役で叩き上げる以外ないのだが、いま脂の乗っている八幡の持ち合わせる鍛え上げた肉体と技術は、20歳をわずかに出たばかりの高橋にはまだ具わっていない。今回は試演といったところ。正直、初台の本舞台で目を惹く役を踊って客前に立てるレベルには達していない。

バレエの道化役は技術の権化でなければならない。見た目の良さは通用しない。ただただ猛勉強あるのみ。
私も半分は親心で、高橋一輝君の今後を厳しくも温かく見守りたいと思う。

2012年12月18日 | 記事URL

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